2018年11月27日火曜日

早さ

最近よく夢を見る。で、夢を見るのが眠る前の楽しみだったりした。
今はその最近がまた更新される頃でそんなにじゃないけど、でも昨日見た夢を思い返せばやはり少し楽しみだ。どんな光景の中にいれるのか、と。
今日は演劇を観に行った。しかし舞台で描かれた方が取り扱った問題は社会的だけど、ストーリーは描かれるけどそれに対して他の想像力を持ちにくい作りになっていると感じた。カンパニーが大きくなりすぎたからなのか、難しさを感じる。隣の人は泣いていたのだけど。感想としては、最初から最後まで態度がはっきりしているということで言えばパフォーマンスだと思ったけど、それは個人で行われるものであるべきだと思った。みんなでそれをやってしまうのはコストパフォーマンスがまさに悪いというように思った。
面白いことしてる人もちょくちょくいるけどその面白さに関しての言及、いやそれらを集めるようなキュレーションが少なく、演劇に関してはうーんと首をひねることの方がずっと多いかもしれないな。芸能と近いということが大きいのかもしれない。

そんなことばかり書きたかったわけじゃない。

えっと、最近は稽古がずっと続いてるサラリーマンのように出社し働く。が一か月以上続いての本番という状況です。
僕にはサラリーマンに憧れた時期があって、それは小学生の時で会社帰りに居酒屋で秋刀魚の塩焼きなんかを食べたいと思っていた。

こないだ友人の結婚パーティーに参加した。
みんなで久しぶりに会って、じょじょに高校の時のように絡んで話した笑った。
カラオケに行って昔の曲なんか歌ったりした。
居酒屋では結婚して旦那さんの良くない面について話をしていた。
30歳だと思った。しかし100歳まで生きるならまだ何にもわからないじゃないかと思うのだった。
大学生の時もこの年齢になる時もまだ自分だってそのくらいしか生きてないのにわかったように話す人が多々いるけども、やっぱりそれはその場限りのフレーズとして捉えてしまうよ。

最近、気を付けたいのは時間が過ぎるのが早いということに対しての切実さや悔しさが少なくなっていくことが感じられ怖いと思うところだ。
見た目をよく若く見られるが、そういうことよりも若い時よりももっと動くにはどうすればいいか、そのことが重要だ。

2018年11月16日金曜日

ポップコーンよそ見

今日はたまたま出来た休日でした。夜に少し土曜のリハはあったものの。
にしてもなんか休日についてもっと考えなきゃいけない、休日ってのは前からずっと経験しているはずなのに一向に使い方がうまくなった気がしないよ。
ヴェノムを観に行ってきた。
お昼からポップコーン食べたら朝食べていただけあってすぐにお腹膨れてしまった。
来年以降の進め方どうしようとか映画観ながら考えたらしていた、横道運転。
冬の洋服というのも未だにわからないことが多い、何か素材も色々増えるし何枚も着たり肌はほとんど出せないしでチューニングが難しいしどこを目指していくべきなのかもわからない、そして片付けをそもそもしてそこからな気がする。何を買うべきかもそうしたら少し見えるんじゃないかな。

こないだずっと会ってない友人が夢に出て来たり、少し前は遊んでいた友人が出てきたりして、それを通して彼らのことを懐かしむ。今日は誰を懐かしむだろうと布団の中へ入る。

30歳という年齢で次第に現実に目を向けてなんというか目標もそれっぽく周りとの調合を持ってして、みたいな感じに形成しようとする自分が出てくる一方、まだピュアな誰に必要とされなくても自分が見てみたい景色というか手を伸ばしたいとか想いを持ち続けたい世界みたいのもどうやらあるようでそれを少しふいに思い出される瞬間があって、迷う。

明日からまた週6で稽古が始まる。

2018年11月9日金曜日

もう一回広げて

今度は頭痛。というかくるっと一周あるいは半周向きを変えるだけで頭が痛くなるみまいなことに今日の稽古中になった。帰ってきてすぐ横になって2時間半後に起きたけど、多少落ち着いたものの残っていて。一体これはなんだろう?風の名残?
なんか忙しくて色々な時間を過ごしたのだけど、書こうと思って中々夜も遅くなり書くことが出来ずにいた。
またそんな風にさっき眠ってしまったから寝れない頭でぼんやり布団にくるまって目を閉じて考えてしまっている。
11月はみっちり稽古だけど夜だけはいつもその分決まった時間のあきスペースが多くあるから人と会ったりしたいなぁなんて思っているんだけど、片付けたいけど書類などの申請とか12月の準備も始めなきゃで、結局忙しくなりそう。それでつまり忙しいってことは来年の4月まで忙しいということで、なんか泣きそう。
それを目指してたじゃんと一方で言う自分。どっちもで。
いつもそういう問いが浮上すると、現れてくる人生の2文字。
そして本当に人生が一回しかないのに何も試せてないということがわかってその瞬間に可能性と世界が途方もなく広がり自由になる。
誰も知らないんだから。
今まであった人やまだ会ってない人やものや世界のイメージが広がって僕は生きている。
僕は生きている。