2026年11月9日月曜日

だっき、

 身体がギリギリな感じ、栄養を学ばないとダメかもしれない。寝る時に寝支度をするのに一苦労してしまう、これが40手前の年齢というやつだろうか。

東京ラブストーリーを見始めて、それが眩しい。おそらくこの勢いで平成のいくつかの有名な主題歌のついたドラマを見ることで平成の東京を記憶に留めようと思う。そう考えると江戸も、昭和も、平成も違うのだからきっと残せる令和の東京があるかもしれない。大正や明治については時間がかかるだろうか。

東京ラブストーリーの中でリカが素晴らしくかわいい。完治も。めげないリカを見て他人事だからかわいいと思うが付け回される方は疲れる一方かもしれない、かつてそんなこともあったような気がするが、自分を棚に上げてむしろクソみたいであったことも間違いなくあったと思う。それにしてもめげないリカや思い詰める主人公たちとそれを伴奏する音楽の間で涙しそうになる。何より恋や、恋焦がれるということが美しかったことを思い出した。実際に実った恋の方が圧倒的に短いこれまでの人生だったけど、実らないにせよ、思いを募らせたり、憧れたり、うまくいかなくてやるせなかったりしたそれぞれの気持ちが自分の中に溢れるくらいにあったこと、なんで忘れてしまいそうになっているのだろう、と思った。

恋は美しいと思った。SNSはやっぱり過程を描かず、結果ばかりを反映する。ドラマは寄り道こそを描く、実際とは違うかもしれないが、そのドラマを借りて色んな美しいあれこれを描こうとした人たちや、そういう仕事があることが素晴らしいと思った。またそういう憧れや美しさに向かった仕事をしたかった自分のことも思い出した。そんな風にして生きることを楽しまなきゃ、抱きしめなきゃと思った。

2026年11月8日日曜日

きらり

 今年はドラマによく救われる。東京ラブストーリーを見始めた。きっかけはここ最近、日本の昔の映画を見るようになった。というのもamazonとNetflixをかき分けていくと多少の良さそうな日本映画に出会すので、それによって戦後の日本の景色を見たいというのがあり、その連続性を想像したいと思って色々な年代を行く中で90年代の東京や日本は映画以上にドラマの方が東京にフューチャーしている印象があったのでそれが理由の一つだ。

早速一話を見始める中で、ヒロインの子が夜空の星を眺めて、一つだけ星を手にしたい、というようなことを言う。ちょくちょくそういう素敵なことを言ってしまうキャラクターだ、言うなれば。余計といえば余計でもあるが、改めてそんなことを言う人がもしいたとしたら素敵に違いないと思わせた。そんな風に生きている人をたとえドラマ中にでも生きさせることが出来るんだ、と基本的なことかもしれないが感動してしまった。

SNSはある意味ではプロセスそのものだが、恋愛のドラマや詩においてはまったくそのプロセスをもちろん見ることは数少ないのでは、と思う。ドラマとかそういうことの中に描くことの出来ることがあって、それを見れば恋とかの美しさや憧れを抱かないことがないように思い出させた。

ラブストーリーについてやりたかったことを思い出した。久しぶりに憧れのようなイメージで絵を描くことに成功した。


2026年11月6日金曜日

じゅん、

 この怒涛の数日を終えてフラフラと布団にいつもより早く入った。たぶんその前もなんかあったのだけど、それは忘れて31日稽古&夜練、1日ゲネプロ、2日名古屋別件、3日本番、4日大阪別件、5日東京帰ってきて懇親会、2次会に参加すべきだったけどクタクタで最寄駅で自分を甘やかすコメダ珈琲デザートコーヒーで酔いが醒めぬまま一息ついて、帰ってきた。が、まぁすぐに寝付けずこの時間だが。

束の間でも今日の朝、大阪のホテルを出て街を歩いた時の雰囲気、そしてモーニングを食べた喫茶店の若い店員と客の中年のやり取りがやっぱり東京よりも余裕も人間みもあって素晴らしくて。美術館で絵を見る時間と想像する時間によって救われる想い。それを栄養にして疲れたけども少し未来への想像にあてた。やはり体力が減ってしまって、たとえば5年前ならこのスケジュールを喜んでこなすだけじゃなくプラスで想像力を未来の構想を描くことに帰り道、すぐにあてていたと思う。

懇親会でどんどん考えがあるの?と言われたけど、実はそれがなくて、焦る、というのをやったところだったので非常にタイムリー。で、結局若い時よりも体力も減っていれば想像力も減っているところがあるのか問題はあんまりわかってないけど、やり方は今見たかった気がする。新しいことを考え続けれる人の多くは1人だけで考えようとしていないのでは、と思った。人に聞ける、そして人に聞いたことが新たなインプットの入り口となって広がりを持てる人だと思った。だから共同制作とか教えてくれるような人がいることはずっと大事かもしれない。先輩に聞くのがダメなら後輩でもそれは構わない、みたいな。江戸のことをやりたいと思うなら聞くのも悪くない気がする。教えてくれる先生を見つける、とか。広太さんを見てそう思ったら、坂口恭平さんもある意味それをやっていると思う。全部自分そうだけど、結構聞いてたなぁ、確かと。村上隆もそうかも。だから孤立している暇も自己完結してる暇もなくなっていく。1人で何か生み出し続けるほど天才なはずはないんだから。もう人生ないんだから。さぁ、だなぁ。いいこと気がついたかも。ちょこっとずつだな。

誰にも期待されていないと思ったけど、そんなこともないのかも、とも思った。期待されているかどうかは知らないけど、違うことをしているという風には少なからず見られているかも。

ゴヤの絵にも会った。本当は好きなヨーロッパの絵画たちと会うとそいつらと一緒に過ごしたいと思ってその街に住みたくなるようなところがある。し、何か別れる時はまたいつか、と思って別れる感じがある。それが大阪でもあったのはなんかよかったと思う。

白髭アパートの余韻がある。素晴らしいプロジェクトだったと思う。出来ればダンスでもアートでも先端的なこともしたいと思う。先端的なことがしたい、というよりも今の社会的なトピックを見つけてそれに取り掛かるような感じ。

劇場にせよ、アートにせよ、予算がついたところで作戦を用意していなくて微妙であることが多くある中で、規模感でちゃんとレプリゼンテーションされていたと思う。そのことを界隈の人もわかってない可能性が引き続き高い気がする。

そういう怒りが前は強くあった、ことに今気付いた。忘れないように出来るとまた色々頑張れるかもしれない。意外に気付かない人のが多い、界隈においては。人は基本面白いが、そういうのはまた人の別の部分だからそう考えれば許容も出来てしまう。

さて、私も私で準備しなければ!!

2026年10月24日土曜日

龍

 村上龍さんが死んでしまった。とてもさみしい。学生の頃、彼の本を読み始めた頃のことがぐっと思い出される。あれもきっと秋だった。下北沢のドラマで一冊の本を手に取り、それがポップアートの出会いとなりアンディーウォーホルとの出会いとなりニューヨークとの出会いとなり、本をよく読むきっかけの一冊に違いなかった。

あの秋の頃はもう戻ってはこない。でも、それがここからどれくらい離れてあるのかがわかって、非常に心細くてさみしい。そんなことを言ったら村上龍にはきっとひと蹴りされてしまいそうだが。

色々書きたいけど眠くなってしまった。

さようなら。ありがとうございました。またきっと読んで、それでやっぱり昔の色んな好きな作家たちと並んで宇宙に届くような取り組みを出来たらいいなぁ。そう思っています。

2026年10月23日金曜日

いまは、

自分を慰めようとしているつもりが全体として見ては傷付けようとしているようでもあり、いやむしろもっとひいてみれば慰められているのかもしれない。
とにかく疲れているのに、うまく休まれていると言えるんだろうか。現実に経済的にやるべきことに対して、なんとか応えようとしているって感じだ。

いろいろなところで人に会い、話を聞く機会もあるし、明らかに話があっても出来ない、してこない人もいる。 とにかくみんな人生に行き詰まっていて、どうしてあげればいいか自分でわからないとも言えるし、正しく葛藤の中にいるとも言える。そうこなくっちゃ、って感じなのかもしれない。 

すごくSEXをしてきて、セクシー女優もやっている人の話を見た。子供が生まれたけど、続けようとしている話。コメントにはたくさんアンチの意見が乗っかる。でもそれまでの過去も、現在もそれを選びその中でなんとか生きる理由を見つけてきたようにも見える。とにかく彼女は死んでいない。生きている。

一般論をどうしても人は言うけど、多かれ少なかれ一般論を割と正しく生きたかに見えた人だって、実はなんとも高度なテクニックの嘘などによって、あたかも誠実に生きてきたかのように振る舞う人もいる。
なんとか死なずにやれる方法を探す中で手にしたという風にその女性は見えた。死を考えたこともあったと話す、隣に死があった。むしろそのことを認識していたようにも見えた、本能的に自分がわかっていた。そして自分を獲得しようとしていた。

SNSでも人のことをとやかく言う。人より自分や周りのことではないだろうか。意外に自分を掘り下げることをやめてしまう。自分のことを考えるなんて特権的だとか、甘やかしだなんて思うのだろうか。
そこにこそ深さもきっとあるのではないだろうか。
そして自分のことを根本から考えることは、色んな自分の欲望や反発に気付くこともあるし、その過程で慕っていた人を見つめ直したり、裏切るような気持ちにもなるかもしれないが。

また別の人がSNSで、自暴自棄になりながらもなんとかして今を生きている姿があった。自暴自棄になりながらも真実の親切を誰かからもらえると信じたんじゃないだろうか、結果として集まってくる人たちはやはり人のことをとやかく言おうとしている人たちだったと思う。自分のことをそれぞれが根本的に考える手前で、人に向かってしまう。それで生きれてしまう、と言う風にも思った。むしろ自暴自棄になっている人の方がはっきりと見えることさえあったかもしれない。 


だから、自分だって改めて相当に途中だ。自分は何しているんだろう、なんて落ち込んでいる暇はなくて。でも落ち込むこともきっと大事。夢も大事。

2026年10月20日火曜日

柳会お

中学生の時、やっぱり思春期男子によくあるように女の子と緊張しちゃってうまく話せない、みたいになりそうな時期があった。それでも幸運なことに色々何かを取り交わす瞬間は互いにある、ということがクラスの子とかと保たれていたのだけどよく話すみたいな子はいなかった。

でも中3で一緒になった青柳さんは誰とも見境なく話した。ギャルだったのに、みんなと話したし、モテた。ぶりっこのような、でもお茶目で、ちゃんとそういう意味で可愛がられるような人だった。 誰とでも話すような人だったし彼氏もいたけど、色々気にしてくれて面白がってくれて互いに面白がってそれでよく話した。し、そこからまた別の女の子とも話すみたいになっていく。それはある意味で僕のその先の人生を絶対的に救ってくれたと思う。時代にブレイクダンスを始めると、それが色んな人とのコミュニケーションを軽やかなものにしてくれた。そのようにして高校に入ればよりその軽やかさが出てきて、ずっとオルタナティブな存在として学校の中でいることが出来た。誰と仲良くなればいいんだろう、グループのどこに所属すればいいんだろう、女の子と話すのはやめておこうとか、男子とよく仲良くしよう、とかそんな余計なことを考えなくてもいい軽やかな場所でいれるような術を、彼女がその最初の準備を作ってくれたような気がする。もちろんもっと辿ればその源泉みたいなものは小学生の時とかからきっと来ていただろうけど、別の道に踏み外す可能性はあったんだ。 彼女は一度アイスクリーム屋さんで働いている時に数年ぶりにあった。その後は噂で聞くくらいだけど、とにかく青柳さんは僕にとってのヒーローだったと今思う。

なぜこんなことを言うかと言えば、男女間の問題というのは大人になってから始まるのでなく、それは親との間から始まり、思春期の学校とかでも語られづらい複雑なことが本当は強く起きているのに、やっぱりそれについてはまだ語り難いなぁ、と見てて思う。

保坂和志の本の中で"やれた"、"やれなかった"委員会の話が出てきた。人生を振り返る。なぜ、あの時あんなに美しい瞬間があり、そこで恋が始まる可能性はなかったのか、とか逆に高校の時に恋をしていた対象の人は今思えば果たしてどうだったんだろう?人生においてやってしまう、自分の見る目のなさ、と一方で人を見る目の強さが発揮されるということのバランスを思う。まぁそもそもこのバランスを言ってしまった時点で相当にダサいが。

保坂さんが言うように"やれなかった"ということはその当時のことを指すだけでなく、今にも響いてある、みたいなことだ。そのことについてストレンジャーシングスも含め考える。大人になっていくということは子どもを生きることでもあるはずだ。もう大人でしか生きない、と強い決心で生きる人もいるかもしれないが。

自分の弱点の一つにすぐに相手の印象を決めつけてしまうところがある。そんな時、一回相手を子どもの状態まで持ってきて見る、ということがうまく機能した時、その人の本当とやりとり出来たかも、という感じがあった。その境地にいけるかな。それにしても僕は偏見で見たり、関係性を早くジャッジしがちだ。


中学の頃のことを思い出すと、その美しさに目が眩む。生きていてよかったと思える瞬間だ。どうか今の中学生とかもそのような時を生きてほしい。たとえその先が霞んでしまったとしても、、そのことについてはもう少し考えれたらなぁ、

2026年10月11日日曜日

すぎ

 今日は稽古の後に、久しぶりにbuoyのイベント。世代は一回りも違う人たちを中心とした、へとへとになって会場へ到着。予想とは違う落ち着きのなかで観客がパフォーマンスを見守っていた。久しぶりに疲れもあって何かここで来た人たちに向けてやることが強く難しいような気がして着替えることが出来ない状態が続いた。もしかして家を出れなくなるとかの緊張ってこういうことなのか、とか想像がよぎった。

場がどうなるかわからなくてフレッシュでもあった。

色んな人と話せたのが良かった。僕の世代の人たちも観に来ていて、それは本当に偉いと思った。やっぱり来そうな人がちゃんと来ている感じ。最近、僕はあんまり出来なくなった。

久しぶりの人たちにも会って色々意見を交わす。

フレッシュにパフォーマンスの後で何か言ってくれる人がいた、嬉しかった。

明日の身体が心配すぎる、、