2026年2月21日土曜日

ひゃる、

 案の定、風邪を引いたと思う。今読んでいる本にちょうど書いてあったが、意識で生きてしまってる部分が多くあると思う。昨日や一昨日、明らかに寒いと身体が言っているのをきかずに意識で大丈夫なことにしていたが、あの時のケアの至らなさだと思う。ギリギリ冬を乗り越えているが家や部屋をあたたかくするべくできることをやっていない。それでも昨年よりはマシなところが友人の助言によって行われたが。

ちょいと熱っぽいと朝早いので布団に入り、きっと眠れないだろうと読書で赤ちゃんを寝かせるように徐々に寝に入ろうとやがて電気を消すとここでまた隣人か上の階からの映画が何かの音が聞こえ出し一気に眠気が覚めてしまう。本当にやれやれだ。それから数時間。大体このようにして一年に何度か体調を崩すことになる。

何かを嫌がって大きくする度胸もなく、小さな人生が細々としたバランスで生きながらえているようでうんざりしてしまう。

2026年2月20日金曜日

ひゃ

 リズムが一瞬にして狂うな、今夜は上手く一時には寝れると思ったがスマホを前に考え事をしていると、そして寒さと布団の中の絶妙なあったかさの中で眠るための温度調整が出来なくなった。そして隣人からずっと高い笛のような音が時折聞こえる。上の階のDJの人はちゃんと不動産屋を通してからは時間を守ってその上でやってくれるようになったし、挨拶もしてくれて次第に何か通じて来ている感じがする。ところが隣の人は最初だけ、何か気をきかしたようなことを言ったと思ったら次から挨拶が次第になくなってしまった。おそらくちょっと大変なのだろう、とは知っているものの。もしかしたら別の時間で生活しているのかもしれない。

やっとこの1週間で生活を取り戻そうと掃除もしたりして次の感じへの準備だと思ったのに、風邪ひきたくないな。

昨日映画を1人で観に行った。それはそれはいい時間だった。観客のリテラシーも高い時がたまにあって、映画も良いとき、なかなか至福の時間だ。

でも至福とも違うかもしれない、自分にとって映画は孤独を生きるための必要なガソリンみたいなことなのかもしれない。せめて映画くらいとは、何かの関係でありたいというか、そういう風にして人生を使い過ぎた感じもあるかもしれない、ずいぶん時間が経ってしまった。やれやれ、だ。

またダメなことを考えればきっとコロナの後で、色んな憧れのモチベーションも下がっていったのだと思う。憧れを伴って、キラキラとかも求めての選んだ世界であったはずだが、何か別のことで休んでいるうちに次第にそれを見なくて追わなくなったのか、それともそんなものがやっぱりあんまりダメだと思ったのか、どっちだろう。 だから憧れやキラキラを誘発するものがSNSとかで出回っているが、ほとんどの場合以前よりも効力を持ってないように感じられてしまう。そうするとあとは実際的なことしかなくなる。かつて"夢"とか呼ばれていたようなことは存在してはいるはずなんだが、自分には見えにくくなってしまったのか、

コロナ後の活動では、それでも具体的で実際的なアイディアが出てくるのでそれで対処していた。そして、今その地平でそれで手を動かして出来ているものがあるのだから、そこに未来も含まれているのだから、疑う必要がないのだけど、かつてあった場所にエネルギーがないと感じられてずっとそれは何だろうと探してしまう。



2026年2月18日水曜日

、?".

 今はなんでもかんでもSNSになって、それできっと色んなことがシェア出来るように思えて、でもその人ごとに言えないこととかが一方で強くあって、という状況も多いのじゃないかな。

30代の後半になって生きていて並走する感情のうち、さみしいというかどこへもいけない感じの感情が付き纏ってしまっている。嬉しいことの種類もだんだんと変わっていった。本当に生きてこなかったらわからなかった。感情を生むこの身体も運動の力学も違うことを若い時に想定することが出来ない。

だからこそ同じなのに同じじゃないという考察が出来る、人生が続く面白さなんだろう。

ワイズマンも死んでしまった。新作を見るのが楽しみな監督だった。大木さんは令和という時代を楽しんでいただろうか。でも別にそんなことについての寂しさとかを持ったりするのとはまた別の次元を生きていたはず。 最近、昭和や平成が遠のいていくのがひどく寂しい。心の拠り所にしているのかもしれない。なんかそれは弱くてダメだなぁとも思う。これまでに好きだったことが失われていくことに焦っている、でもそれはやっとその好きに対しての愛とかを示せるやり方なりをやっと理解したり近付いたり出来てきたから、とも言えるのだろうけど、そうなれるのにも時間がかかった。

さみしいのが癒えていく自信がなくなってきた。(ここからが勝負!)

ずっとキラキラした90年代のアメリカとかの映画を観ている。

2026年2月7日土曜日

夢か

 夢とは思わないような夢を見た。つまり夢の中では全く夢だと思わなかったが覚めたらあれは夢だったと当然のように思った。 昔、一目惚れし随分想いを募らせた人がいた。あまりに好きだったが、恋愛のスキルが雑魚に等しく、アプローチが全然うまく出来なかった。にも関わらず、どうにもそういうよくないものを引き当ててしまう癖もあり、なぜか会ってくれるタイミングというのがあった。(自分の方を棚に上げて自分だってクソみたいな振る舞いをしてしまったことはあるのだが、、)

思い返せばそういうのがたくさんだった。自分だけじゃないと思うが、つまり多くの人はある時はクソになるし、ある時はクソをされる側になる、というのがここ数年やっとわかってきたことだ。だからむしろフラットだ、なんていう方が少ないのでは。人は簡単に欲望のためにクソみたいになるんだと思う。


話が変わってしまったが、そうその人が夢の中に久しぶりに出てきたんだった。内容はほとんど忘れてしまったが、少し相変わらず寂しく、そして時間が経ってしまった感じはちゃんと夢でもあった。その感じこそが生きてなきゃないことだし、時間が経ったんだと思った。その時に見た景色のことも覚えている。その景色はやっぱり他の景色とは違うものとして記憶されている。

2026年1月25日日曜日

か!

 さっきまでジムキャリーのケーブルガイを見ていた。電気を消すと急に白かった光の閃光がどこかへ収束するように吸い込まれていった。

そんな中こうして携帯を取りだし文章を書き始める。

BUGで展示をしながらずっと絵のこととかを考えている。本当はBUGの絵を進めながら、家では別の絵を描きためようとしていたがそれが難しい。一月は体調を崩してしまっているのもあるがそれにしても気持ちが中々進まないのだ。変なメカニズムがあるんだろうか。いくらか立てていた目標は(あまり積極的とは言えないが)達成したので1月はもう休みにあてようと思っている。とは言え毎日何かしら少しあるのだけど。

BUGでの展示は、少しだけまだ他で聞いたことのない領域に少し足をかけたはずだ、と思っている。もしそれらが今後チャンスによってはより振り切れるようであれば、ここがどうであれ、閉塞感を勝手に突破出来るような気でいる。周りが感じる閉塞感と僕個人のものの差はあるだろうし、それはどうしようもないのだが。色んなことをサボらなければ、そしてもう少しエンジンやエネルギーが必要だとしたら、今までもっとやっていた、出来ていた物事に感動し、それを自分でやってみる部分とあとは現実的なところでも面白がれるかどうか、だ。

最近、中々色々大変で、どんな風にして、生きていることの意味を保たせればとか、思ったりもするんだが(これは山田玲司とおっくんの会話の中で山田さんはやっぱり元々文化の人だから世界のせいの部分も言ってたがおっくんはいやそんなこと考えない人がいて、普通に生きてる、って話をしてて絶対僕も最近は後者だと思う。んだけど、自分の傾向として、、)そういう中で考えているのは、

学生の頃はエモさが有り余る一方、現実的にクリアすることが本当は流される分大事だと思っていたが、今はどんどん現実的になる、ダンスも踊れば踊るほど現実的になっていく、そして現実的な素晴らしいやりとりにも触れていくから。

でも歌を聞いた時とかに起こる、吹く風とか、な効果が少し弱っていったとしても、だからこそそれらによって生きさせてくれる何かがあるかも、って今思いたいのだ。


2026年1月22日木曜日

よし、

 ということで誕生日を迎え、また一つ歳をとった。全然年齢を気にしてしまう。

誕生日の日、憂鬱な気持ちで自転車を押しているとCHAGE&ASKAのことが頭に浮かんできて、ASKAのことを考えた。きっと、ASKAだったらどんな風に生きるか、と不意に思った。最近なのか、前からなのか、気がついたら自分なりのみじめさみたいなことの直面している時間がちょくちょくあることに気付いた。

そのことを友人に話すと、そんな風には見えないともちろん言われたし"みじめさ"というのも平均的なそれがあって、ある人たちにはしか訪れないようなイメージもあるが、そんなことはなくて、人それぞれの惨めな気持ちというのはそれぞれのレベルでそれぞれにあるんじゃないか。

僕の場合は、最近あまりにもそういう気持ちがここ数年はやってくることが多かったから、ASKAがやってきて、そんなことを鼻で笑い飛ばすみたいなイメージが出てきた。僕だってそんな風に生きれるかもしれない。それはSAY YESが不意に流れ、流れ切る、人生をそれで生き切るみたいなことが出来たら本当にそれはかっこいいと思う。輝いていてね。そういう人がすでに他にもきっと広いからいるだろうけど。

あと、こんなことも思った。僕は意外にやるところはやるけど、やらないところは本当にビビってやらない、そのストックがそれぞれにあると思う。でも思い返して見ると、本当に今更で気付くのが遅かったけど、やってみて後悔していることの方が断然少ないと、思った。その日はすぐには帰らずに回り道をして、そのことは確実に良いことだった。そういう奴のこととかね。よし、

2026年1月15日木曜日

さみしさをつきやぶる石

 京都から帰ってきてもうすぐに東京に染まってしまう。京都では体調を途中崩して、パフォーマンス以外の時間は休息にあてる感じで他の人ともっと交流をしたかったのに残念。だけどそれを上回るくらいに短い時間でも本当にみなさんからの素敵なエネルギーをもらえて充実したものになっていた。

たくさん電動自転車を使って京都市内を移動し、少ないながらもまわった神社や展示などでもらった光とか。体力ある時にすぐにケーキとお茶でも取っておけばよかったと思うし、栄養も意識的に取っておくべきだった。初日に前入りして入ったホテルのテレビで船越桂特集を昔の再放送でやっていて、その時に撮影が捉えた光というのも素晴らしかった。

テレビの流す時間というもの自体の、もの性が、その性格ごと浮き上がって見えた。

そんなんで後半はほとんどホテルのベッドに横になっていて、あんなにもホテルと仲良くなるのも中々ない経験だった。

ずっと体が横になって眺めている景色はなんだか横に流れている海や連なる山のイメージみたいにぐったりと置かれて感じられたままだ。

そしてずいぶん、昔の憧れていた時の京都の記憶がそこにはあった。もう戻らない京都や大阪のそれぞれの記憶の中での京都の憧れみたいな、キラキラした光と風の吹く京都の記憶。

どこかにも書いたけど、その時みたいには感じれないのだけど、今の自分はその時の自分やその時を思い出すことと一緒にいれるということが出来るんだ人生は、と思った。そういう風なことも積み重なっていく。死ぬまではそれらを連れて行ったり、もしかしたら忘れたりするんだろう。

最近、どんどん自分の中での昭和が消えていく、少しずつ色んなことが手を振ってさようなら、といなくなってしまう。小さい時に親しんだものや、作品だとか音楽だとか人だとか。昭和をギリギリ生きていたし、平成はその後だったからそのながらの中を生きていた。世界は大変な一方だけど、これはこれで寂しい、すーっと少しずつ色んなものがここから去っていく。人間は勝手なもので、人が死んだり、何かがなくなったりも、単線で繋がっているわけじゃないみたいにして、変な回路でのそれの気もする。全く勝手な寂しがりがやってきてるわけだけど。

僕もしっかり本当に宇宙にまで届くような電報を打って、せめて寂しさを突き破れないかな。