2026年10月2日金曜日

新、がた

 夢にまで見た天井を見つめ寝る。でも実際には寝ようと試行錯誤を目を瞑ってするので天井の記憶は刻まれがたい、しかし寝付けない。

夕方、ここから20分の海に向かって歩いていく。注意喚起の看板を抜け、誰もいない薄暗がりの砂浜に辿り着く。日本海。この海の景色は他の国にもあるのだろうか、日本海と名付け(実際には日本から呼んだ呼称に過ぎない)られた海が次第に"日本性"なりここでの物語を帯びて感じられる。どこにそれを感じるのか、作り出しているのかわからないけど。海にさえ名称を付けた。空にはさすがに名前をつけないだろうか。

身の危険を感じながらも少し前へ出ていく。自然とiPhoneを取り出し撮影を始めた。ここでしか撮れない、作れないものがあると感じられた。ダンスはここを作る方法だと思うが、この場合はここを刻もうと映像を作る、映画を作る動機は自分にとってたまにこのようにしてあると気付く。

終えて戻ろうとしたとたん雨が強く降り始めた。海のリアクションとして雨が身体に付き合え、と雨に降られ、傘の隙間から少し体を濡らし、いつかのモスバーガーへと辿り着いた。新潟市的な接客を受け、期間限定のシェイクをすすり日記を書いた。

若い時は子供の頃に反発するような努力を見せる。最近は強く若くなくなったのを感じるとすれば、どちらかというと子供の頃のことを思いだそうとすることからだろうか。自分に今、子供がいたりしたらそんなことは考えずに子供がそういうことを促したり、あるいは反発するように考えないかもしれない。

キャリアのことを考えた時に以前であればとにかくすごい仕事をと、思っていたがそれだって子供の頃の煌めきに勝てないような気がしている。というかそれをもっと突き詰めて考えれば、子供の頃のような煌めきをいかにその瞬間に持つことがまた出来るか、ということに眠れない時間を使って辿り着いた。目先の仕事の不安があるが長い時間の仕事を生きるイメージよりも、再び今生きていることをなんとかしたい。いや、もしかしたらそれ自体の葛藤が昔はよりあった可能性がある。譲らない両者の摩擦をもう少し生きていた可能性もある。世間のママやパパはその狭間でもっと格闘しているかもしれない。

2026年9月29日火曜日

ストレンジ

 ついにインドネシアから帰ってきて見始めたストレンジャーシングスが見終わってしまった。この2ヶ月はきっとストレンジャーシングスたちと生きた日々だったと思う。たくさん泣いたし笑った。彼らと別れてしまうのがさみしい。最終話もやっぱり泣いてしまった。最後の方のロビンの涙やスティーブが泣くのを隠すような後ろ向きに向いた仕草が本当のことにしか思えないのだった。

ストレンジャーシングスが友情を描いた作品だったことに強く感謝したい。この作品を見ている途中で気付いたことがあった。

小学生に上がる前、近所の公園で遊んでいるとバットマンのミニゲームを遊んでいる子と遊び始めた、それは保育園で遊んでいるのとはまた違う出会いだった。保育園じゃなくて公園という場所で新しい友達に会えたことは今まで生きてきた中で最も嬉しい瞬間だった。その日きっとうずうずした明日からがその友達が出来たことにワクワクして眠ったんだと思う。世界が全く変わるくらいに嬉しかったんだ。そんな風に1つずつ子供の頃、生き始めていく。


ドラマの中で子供たちが頑張っている姿を見てずっと涙が止まらない。自分への反省もあるし、たとえどんな時代であってもそのことは有効かもしれないと思った。でもこれだって一歩引いてみればそれさえもどこかで生産された形式なのかもしれなかった。

子供であるためにお話が必要だと思った。

みんな一生懸命だった。

2026年9月17日木曜日

朝と夜との会話

 犬が吠えている。そんなはずはない。聞いたこともない。室内で飼われていたということ?外に追い出されたということ?

雨の音が聞こえてくる。十五夜が終わると急に秋になると想像している。秋になればすなわちあの高校の文化祭の秋と繋がっていると時空を超えて感じられると思う。 雨なのに雨戸にして眠ると外と中が繋がっている東南アジアのような、そういう外側との関係性を持っていられるような気がする。

今夜は朝のベニントンと繋がって授業のゲストで話させてもらった。準備資料がうまくいかない感じがしたけどなんとかなりそうな気持ちと不安が半分ずつで挑んだ。プレゼン前なのにほんの少しでもブレイクダンスの練習会に参加した。最近はブレイクダンスの練習会に参加して、気持ちよく踊れることが生き甲斐に感じれてきた。つまり他のことをあの頃よりもたくさんやってきたけど、やっぱりこの踊ったりしている時というのは何にも代え難いものだとわかってきた。 

雨戸だから下のタバコをベランダで吸った人の匂いも入ってくる。なんというか損をしている気分に相変わらずなる。今日の匂いは昭和っぽい。この建物は1980年に建ったからその時に住んでた人の生活とはどのようなものだったんだろう。

アメリカの人たちを前に話すことは興奮する出来事だった。彼らと話して昔、アメリカやニューヨークにかつて憧れた最初の動機の感じを思い出していた。それに再び火がついた感じ。そのことはとても大事だと思う。

また彼が言っていた、歌を作ってる時に泣いてしまう、泣いてしまうのは本当のことに近付くから、と言っていた。ストレンジャーシングスを見ていて泣いてしまう。子供たちの友情を見て泣いてしまう。僕は今泣ける瞬間や時間があるのは幸運だとも思った。そしてそういう瞬間が色んな人に訪れるためにはどうあればいいのか。難しいし、簡単だ。あるところで出来ているのに、あるところで本当にうまく出来ないでいる。

タブーについて面白がったりせずに、逃げずに考える人は少ない。より現代においてタブーを介さずにやろうとしているようにも見える中で。

恋愛について、もしかして自分が中々切り出せなかったことの原因はそこまで訴えなくても家族の中において愛を受け取ることが出来たというのもあるのだろうか、なぜあの人やあの人が愛を求める時、強く追いかけていけるのは、追いかけることの出来た過去が経験があったからではないか。それで果たして愛が得られたかどうかはわからないが、欲しい時に訴えるしかなかったという経験を使うことが出来る。

自分はどこか恋愛において切実さが足りないままで来ているとも言えるのではないか。明日が、いつかが、あるような気がずっとしてしまっているような。

A=Bというわけではないのだけど。 





2026年9月9日水曜日

チケット

 またしても映画館で間違えてしまった。レイトショーのチケットを入り口で機械に読み込ませると、ピーとなって従業員の人が見ると別の館の予約をしてしまったらしい。たまたま10分後に同じ映画をやるというので改めてチケットを買った。やれやれ、だ。

久しぶりに地元の映画館で観る。なんだかこのショッピングモールにはやっぱり20年以上前からの思い出が詰まっている。働いていたアイスクリーム屋はすでにないが、ここにあったということは今でも強く結びつきを感じてしまう。

よくバイト後にも時間を見つけては映画を見に行っていた。大学を卒業し、7年くらいは冴えない時を過ごしたような気もする。フリマのバイトも懐かしい、あの時のグレイ色の時間は蓄積したままだ。

リドリースコットの映画をオデュッセイアの代わりにたまたま観ることになった。非常に変な映画で変なタイミングで観た。エンディングも変で、映画というにふさわしい時間だった。あんなに有名な監督なのに、この作品のことなんて誰も日本じゃ気にしないだろう、みたいな映画の時間だった。でもめちゃなんかそれもよかった。もちろん全然語れるような映画でもあるけど、どうでもいい気もしたし、すごくどうでも良くないような気もした。終わりにかけてクリントイーストウッドが映画人生から引退した話を思い出した。リドリースコットも一種、過激で映画を駆け抜けた人で、もしかしたら最後の方の作品になるかもしれない、その中でこのような作品をとった、というようにも感じられるものだった。何も気にせずにエネルギーもお金もアイディアもあって、しかもそれもアメリカで、というのが可能だった時代。

ここに来て歴史の重みも一方で強く感じられるような現代になってきて、映画という大衆的なメディアを通してそれでも200年ほどの歴史の中の文化を中心に展開せざるをえない国の方法の限界みたいなことも思った。それでパンデミック後の世界を描いたとて。全然違う宗教、文化、考え方による人間の生き方があるよ〜みたいなことを思ったりもした。

あかたも当たり前にそれを享受しきって来てしまったけどね、それは日本という強くアメリカへの憧れを持って進展した場所において。


映画館を出るとちょうどそれは過去に何度もレイトショーを観たあとの時間と同じくらいだというのも感じた。あの時、あの通りの照明に照らされて駄弁っていた人たちがいたっけなぁ、とか。思うのだった。

2026年9月6日日曜日

無限子

ストレンジャーシングスの中で子供同士の友情が描かれる。自分は"男の子"だった、それでそのドラマのあるシーンを見て急に思い出されることがあった。小さい頃、1番の親友だった2人が離れて久しぶりの再開を果たし、互いの友情のギクシャクを感じ、再び友情を思い出すシーンがあった。

保育園や小学生に上がるくらいの時、公園とかで知らない子と仲良くなり友達になった時の喜びのことを覚えている。友達を作るということは本当に明るい光で、見たことないが始まるわくわくに溢れていた。それはそれまでの"人生".と全く違うものだった。中学生の頃、ロードオブザリングを一年生の時に見たのが分かれ目だったと思う。それまで小学生の頃は、たとえばゲームとかの空想の世界と今一緒に遊んでいる友達たちとの世界は一緒だった。一緒にどこまでもいくようなイメージがあった、期待があった。現実から山までも一緒に冒険をするようなつもりで友達だったと思う。

そのことを思い出した。何度も確認する必要がえるはずだが、大人の世界だけが世界や人生や宇宙では決していない。ずっと見えなくなっていた世界があったのを忘れていたみたいだ。 アメリカの映画やドラマはそのことに関しては積極的にいつも取り上げてきたように思う。

そして"男の子"で、そういう時間のことを覚えていて、そこから大人にいつのまにかなって、そのことはほとんど遠いことのようにして多くの大人がいる、というのは一体どういうことなんだろう、この世の大きな不思議の一つだと思う。銀河鉄道の夜、の世界観というのはそういうことも扱っているんだと思った。



2026年9月5日土曜日

Tシャツを抜けて天空へ竜と

 SNSの浸透によって、最適化するアーティストも増えたと思う。全く別のアイディアや文化を提げて取り組むのではなく、既にあるものをズラしていくようなアーティストが現れ過ぎたのではないか、そのせいでそのようなアーカイブが増え、見晴らしもフラットで見渡しても凸凹が感じられない景色が生まれつつある。

本当にみんなキャンバスの絵ばかり描き過ぎだろう、お前は何を代表すんだよ、全くヨォと思ってしまう。あまりに全員がそれに参入し過ぎ、アートのファンをやりすぎ。でももっと広く見渡せば全然の絵のポテンシャルをなくしていないこともわかると思うんだが、周りを見渡してのイライラがつい出てしまった。


最近は、だからアートの内部というよりも周縁の文化全体や歴史、言語までを見渡しての取り組みをしている活動に刺激をもらっている。

自分のダンスがコンセプトになるはず、とも思っている。そこから広がっていければ。クロノトリガーの曲を聴きながら絵を描いていると、そうかゲームのようでもあるんだ、このまだ見たこともない広がりを持った絵の全貌としては、と言う風なことを思った。そうするとだいぶ足りない。

10年前、途方もない先の未来でのとてつもない広がりを持ったイメージがそれでも微妙に見えるような感覚を持った希望があって、その日にできる努力はそれに対してほんの少しだが実感をカウント出来るような感じがあった。それにふたたび近づけたならいいのになぁ、と今思った。明日は思うかな。

2026年9月4日金曜日

永遠に霧のぼり、

 お腹が痛い。きゅるきゅるしている、パーティーでアボガドは脇に寄せたのにそのせいか、それとももうパーティーのあの数種類もの食べ物をいっぺんに消化するような許容度をお腹が待ち合わせていないのか。

ここ数日で気付いたのはこの数週間ずっと調子が60%で、今日はっきりとスタジオを借りて動いた時にわかった。ここ数年、夏から秋にかけてひく夏風邪を拗らせると大体1ヶ月くらいその状態から抜け出れない。

なかなか奴らが体から出ていかない。

最近は色んな再会がある。同世代のダンスの友達に会って別れ際に、何のために生きているか、みたいなことが口から出た。インドネシアにいる時、色んな人と時間を過ごした。過ごさなくてもいいし、過ごしてもいい、というスタンス。なんかあれらの時間のために生きているような気がした。もう20年くらいたちそうな友人たちとコーヒーを飲んだり、ご飯を食べた、そういうことのためにお店はあり、時間はあり、生はあるのではないか。今までにおいては、何か作るためにそういう場所を使って来た、面白いことをするためにカフェに集まって、面白い仕事のためにカフェに集まって。でも、何か日本や東京で見られるクリエイティブな仕事は面白いや楽しい、大事ということから少しずつ全体的に遠のいてしまって、とにかく仕事みたいな感じになっているような印象があって、そんなことのためにカフェに集まっては、違うんじゃないかという気がしての反転が起きている。こんなにも面白くやるとか、ひとが楽しくやる、がないがしろにされる未来がやってくるとは思わなかった。ゾンビとりがゾンビになる、みたいな。 

友人が妄想の世界の話が現実のことのように体験された話をしてくれて、僕にはそのことは神話みたいに大切な話に思えた。いくつかの現実を複数の世界を生きている、うまくカモフラージュしてそれを生きているひとや、見られないように気をつけてる人、むしろ張り切ってやって見せてる人、色々あると思うが。

夢のように、また極端に現実のように、複数の世界をアドベンチャーのように生きていく感じ?映画を信じるように観ることを久しぶりにやってみるとその感じがわかる。 ストレンジャーシングスを見ながらロードオブザリングを見た経験を思い出す。子供の時、思春期くらいまでは涙を流した時の想像力に約束して生きようとしていたことがあった、と今でも思い出せる。トムがフロドを助けてくれた時、色んなことが中学生の時にあった。ロードオブザリングを初めて友達と見に行ったとき、こんな風に一緒に行った友達も思ってくれるだろうか、とか思っていた。でも今度は1人で結局見に行った、ということがあった。夢を現実に押し付けようとしたのかな?一方でそこから夢をより1人で見るようになっていったのか。

トムとフロドの友情は映画だけの話だなんて誰も本当は思っていない。究極的には涙に嘘はつけない。