2021年5月4日火曜日

帰り路

 1000回以上行き来した街だから実家への道を久しぶりに歩く。

卒業したての頃、お金はないけど時間だけはあった時何回も行き来した。片道45分はかかる。
自転車を買わなかったのは、その金額に躊躇したっていう貧乏性みたいな。でも自転車は中学生の頃になくしてからずっとなかったんだよね。車の免許は今も持ってなくて、海外に行くのだからいらないと思っていたんだけど結局海外にいるわけでもなくて。脚を使った移動以外の可能性についてずっと距離があったのか。

ってかさっき町田で久しぶりに練習して23:30まで使えて、ほとんど人いないけど広場だから途方に暮れた人たちは相変わらずそこにいて、でも街に人は少なくて、そうまだコロナなんだ、不思議な時間を生きているなぁと思った。

歩いている途中、止めたママチャリにまたがってダベる2人の若い女性のうち1人が、この体勢疲れてきたぁーなんて話が耳に入る頃、数日前に訃報を知った西川さんという1_wallに出ていたグラフィックの人のことを思い出した。彼女の作品はグラフィックなのに強くて、絵の前にそれなりに人を置いて見させる時間を生むような強さがあった、これからの活躍や作品の展開を想像していた。確か35歳とかだった。

これから色々失っていくのか、ってか今まで失って来ていないのかもしれないし、失ったくせにその喪失をそれほど感じてないのかもしれない、と失うことについて考えようとしたら色々思い始めた。

この歩いている道のポイントは畑も横に通り過ぎることで、近くに施設などもある、坂道や公園もある。カエルが鳴く時期もあって、宮沢賢治のことを考えたりもちょくちょくするんだよね、銀河鉄道の夜とか。100年以上も前のことを考えるけど、このことは過去の去ったことであると同時に今のことでもある、一緒に今生きているということでもある、そのことが強く大事みたいなことを少し前に読んだ時間という本の中で書いていた。
これって本当にすごいことだね、生きていることの中にもっともっと色々なことを込めることが出来るのかもしれない、すごい悲しくなってしまうことが増えたり多くなったら、元気なことを取り入れてあげて悲しいことをなくさずに一緒にいさせてあげることも出来るかもしれない。

あと少しで到着。