2026年7月1日水曜日

潜りサメ

 バンドンの連日のリサーチで疲れている。環境も違うし、何よりここ数年の体力や身体の変化もあると思う。相変わらずうまく眠れない。 眠れない、とずっと言ってることと、朝を楽しみに起きる日が長らくない、ということが浮かんだ。適当にしか起きれないのを反省しつつ、許容して長い時間が経ったけど、どうしたらいいんだろうってぼんやり思っていて解決しないままに来ていたけど、言葉をもう少し出してみると、明日の朝を楽しみに起きることがないことに気づいた。考えてみるともう少し前、10年前は少なからず明日の朝起きるのが楽しみな日というのがあったはずだ。イベントの前とかどこかに遠出する日とか、誰かとのデートとか。

ここ数日、そのことを思った。

バンドンのレジデンスでリサーチが目的ではあるが、一方で僕が人生において考えなければならないのは、どうしたら生きていきたいと思えるようになるか、だ。もしかしたらまぁそれなりに生きていて楽しい、というのはあるしそれで来れてもいるけど、それでも上に書いたようなことが続いていて半分な感じがずっとしていて、それはずっと疑問だ。

眠れなくてほんの少し今気づいたのは、この眠れないは、ただ眠りがうまくいかなかった興奮して寝れなかった、以上に根本的なことなんじゃないか。

どうしたら明日の朝早く起きたいと思えるかを、もっと真面目に自分のこれまで生きてきたこととかを含めて考えなければいけないハードコアな時間になるのを避けていたんじゃないか。

坂口さんで言うところの鬱に中途半端に向き合わない、徹底的に向き合うみたいなことじゃないか。ずっと避けてる言葉に、死ぬ気で、という言葉が自分にある。それがさす一般化を強く嫌悪している。その分、死ぬ気で、というようなこともなくなっていった。それをやるならそれのオルタナティブを突き詰める必要もあるが、、


汚い部分も含めて根本的な自分の救われなかった欲望について気持ち悪くても人から嫌われようとも何かを失おうとも考える、向き合う必要があるんじゃないか。非常にずっと何か悲しい。

こっちのカフェでやりとりをした女の子が可愛らしくて、気持ちがすっと透き通っていった、それだけでなんかやり過ごしていけるような人生、は自分で思ってる自分というより誰かから見た自分なのかもよ、もしかしたら、というやりとりさえ忘れていなかったか。

SNSを見ているとそこで交わされる欲望でまるで街が出来ているような錯覚をしてしまうけど、自分が今接していくことで作られていく現実というのが確かにある現実。それは明日に含まれてる。

結局たぶんいけるところまでいかないと明日がやってこないんじゃないか、そしてそれに外は関係ない。だから潜っているんだろうな。潜っていかなきゃ、もうダメかもよ、、

2026年6月20日土曜日

あすたの

 今日は休みだったのにポンコツだった。最近はやっぱり体力も集中力も減ったのか、もし家に着いた時や、いくつかのことを長時間やったり続けていくつかのことをやった先にバタンと倒れないとやってられない瞬間が訪れた。 文章としては、訪れる、のはずなのに訪れた、とか書きたくなるところがある。文章に関してもうごめいてほしい、と最近は感じるのだろうか。伝えるために動員された文章の多くを退屈と感じる。意味を伝えるためだけにテキストが存在しているとは思えない。文字たちの可能性は、別の独立した可能性を常に孕んでいる、他の芸術とかと同じように。

おかしなことに真面目な文章を読んでいてもそう思ってしまったのだ。書く人にとっては切実だったはずだが。


ひゃー、今日は適当なSNSの流れてくる映像を眺めてばかりの時間になってしまった。もう少し別のことに人生を使いたい、と思ったばかりなのに。

明日を楽しもう。


2026年6月12日金曜日

どらおわ

 暗闇で日記を書く。明日になると恥ずかしくなる。明日の朝は後悔と不安でいつもいっぱいになる。

それの繰り返しを生きてしまっている。


さて、最近の生きる糧となっていった韓国ドラマが終わってしまった。最終話は長いと感じたら、後半の30分ないし20分ほどで怒涛に伏線を回収しにかかってそこだけはドラマじゃないみたいにこれまでのリズムは無視して、それでも涙流して終わりを迎えた。最後のセリフは良かった。聞いたことのない言葉でドラマが終わった。あの20分でドラマの継続がなくなった、ということが現れてしまっていたのか、到底最初から仕組まれているとは思えない。一方でそれにしてもあまりにもすごい力技でこれが韓国の今のドラマの力なのか、なんてことを思った。

みんなは日本のドラマでずっと盛り上がっているような印象を最近は受ける。どうしても日本のドラマをもう見る気になれない。

このドラマの主人公は久しぶりに僕の目の前に現れたヒーローに違いなかった。時代の空気なんて読まない。まっすぐで不器用で気持ちが悪い。ずっとかわいらしげがあって。

ヒロインも最高でほとんどそれに恋をする。

仲間たちも本当にみんな素敵で、みんなのことを応援したくなる。ドラマを見て人生が応援されながら登場人物たちを応援して一生懸命に生きている感じ。ドラマで出来ることを現実でもやろうとしたのが高校生の時だった。その時のことを振り返ると、そんな風にドラマを見ることも出来るということ。読み替えるとか強く読み込むということもドラマに対してだって出来る。そしてそれを現実の中にも叶えていく。

このドラマが終わって悲しい。家に帰ってご飯を食べながら彼らと過ごしていると半分韓国に生きているようになる。近いようで遠い別の文化の国の話、少しだけ違ったり重なったりが嬉しかったり美しかったり憧れたりする。彼らの交わすカムサムニダという言葉の素朴さと永遠的優しさ。

あなたにはこのドラマが良い、とわざわざ紹介してくれたこと、そしてこのドラマが良かったことがめちゃくちゃ嬉しい。そのことこそがこのドラマを自分にとって特別なものにしたことは間違いない。もう一回見直そうかな?

モチベーションはないけど他のドラマを見てみようかな?

誰かと共有出来なくても(?)これは僕のストーリーだ、と大事に思えてよかった、

2026年6月10日水曜日

はな

パフォーマンスから帰ってくる途中、下北沢で降りる。下北沢で終電くらいの時間を過ごしたりするのって高校生の時くらいだった、あれからずいぶん変わったなぁ。

家に帰ってビールを飲みつつ韓国ドラマの続きを見る。一生懸命にこのドラマを見る、というのを生きてしっかりやろうとしているみたいだ、と思った。このドラマの中でよく2人が机を囲んで互いを讃えあうシーンがあるがこれは話を前に進める以上にただ2人の恋人が互いの良さを言うためだけに色んな比喩を駆使して話す、これはシェイクスピアだ、と思った。言葉を楽しむシーン。 主人公も見事にヒーローで、まるでゲームを進めるように現れてくる人たちに対応していく。ド





2026年6月7日日曜日

あの、こ、

韓国ドラマを家で夜ご飯を食べながら見ている。ゴジラは一旦休止中。連続ドラマを見るのはus以来だ。 連続ドラマが日常を応援する。多くの人が音楽を聞きながら人生の一部の時間をよりよく生きようとするみたいにドラマもそのような寄り添う役割があるのかもしれない。それだけじゃない坂口さんのラジオ?を聞いてるのともそこに混ざり合って入ってくる。

実家に帰ると、病気にかかった話を聞いた、というかメールで書いたじゃないと母親に突っ込まれる。いつのまにかiPhoneで文字を打つのが上手くなっていた。何かを失うとはどういうことだろう、それはたぶん同じ失ったにせよ、人それぞれでその空白だったり感じ方も違うのできっと一般化できないのに、何か他と比べてしまうところで感情の決定もいくらか左右されているんじゃないかな。ずいぶん長く幸せな時間を生きてきたような気がする。

今日は調布で高校の友達を見かけた気がする。少し気になったりもした女の子だった。話しかけなかった。そして夜はカフェでパソコンやエアードロップで昔のバイト先の後輩の名前が表示された。そんなことはないだろう、と思ったがなんとその子で、思わず話しかけた。あの頃は大学を出たての自分と高校卒業して大学生となった子たちとの4歳差をずいぶん大きく感じていだが、年をとるごとにその差は感じづらくなっていく。昔会った人たちとの関係というのは切れていくだろう、と思い始めたのは大人になってからだと思う。
最近はそのことへの疑問を持つようになった。そんなことを思い始める大人になってからの自分と小学生の時の頃の自分と比べてどっちが考え方として見習うべきだろうか、と見つめていく。
小さい頃にヒントがたくさんあるような気がしている。坂口さんも、鬱になったりするようになる前の子供に戻るように、いつでもぐっすり眠れた子供の頃に戻るように、と言ってたことにも繋がると思う。

最近はそういうことを考えてる。だから昔の、あの時の、あの頃のことが大事だ。あの頃と今が会えるということを出来れば忘れたくない、すぐ忘れてしまうけど。

2026年6月4日木曜日

どんぶん

 久しぶりのcslabに行く。こんな空間が大学の中にあるなんて、時を得るごとに驚きの増す!むーたんのwsにゲストでなく一お客さんとして参加の新鮮さや困難さ、でもフレッシュさがきっとそれを凌駕する。

明日のストリートの告知をする。

本当にいい年を生きてる大人に思えない!

大学の道を遡るように歩いて少しだけ人生を部分的に反芻する。かけがえない!

2026年5月28日木曜日

おう、

 韓国ドラマを見ている。プラダを着た悪魔2を見た。
それぞれに恋愛のシーンが描かれる。
何度も映画やドラマの中で恋愛シーンが描かれて、たくさんの人がそれを見る。
なぜ何度も、何度もそれが行われるんだろう。
少なくとも今の自分からしか考えられないけども、そんな風にある人と人が出会い、少しずつ、あるいはいきなり、何かを交わし合い、進んでいく、という一連の恋愛の様子を見れることで何か自分の先のことを想像することが出来る。自分にもきっとそういう時間が訪れるんじゃないか、手触りや質感、イメージとか。それはとてもいいことに思える。
可愛らしくてかげかえのないことに思える。
いいじゃないか、自分に何か良いことが起きてほしい、と思うことは。
誰にも見せれない自分の姿を誰かに見せれるような機会があったらいいな、と思えることは。

くだらないだろうか?
そんな風に人が思うことは、きっとなくならない。どんなに色々ひどくても、その気持ちがあることが減らないで、いてほしい。
ドラマの中の2人を、線を眺めるようにして見て、応援している。

2026年5月26日火曜日

メッセ

台湾人の子が、あなたみたいよ、みたいな感じに言って韓国のドラマを勧めてくれた。そのおかげでやっと初めてネットフリックスに入った。

そんな風に勧められると嬉しい。台湾の子が韓国のドラマを日本人に勧める、みたいな感覚が面白い。

そしてドラマを見始める。よっぽどじゃないと基本的にはドラマというのは見ようと思わない、というのもドラマというのは大体セリフで成り立つものというイメージがあって、確かに考えられたセリフもあるけども、人から人へ伝えられる言葉はもう少し偶然性によって出来ているのが自然で、そうでないものをわざわざ見る動機がなかなか出てこない。

しかし、このドラマの中のヒロインが可愛い。韓国に住んでのロマンについて想像せずにはいられなくなる。恋をして、そこに季節があって道や家や駅があって、その街並みに生活をする空想。憧れが広がる。

そしてドラマって基本的に人工的にこうまでして"愛".について描かれる。"愛"については多少過剰でも構わない分野かもしれない、普通に生活していくだけだと恋とかはあっても人間への"愛"の想像は難しい。だからみんなドラマを見るのかな?

それはとっても力強くて可愛らしいメッセージかもな、

2026年5月23日土曜日

より、

最近はよく友達と遊んでいる。かもしれない。そうか、こないだ話していて確かに昔であれば飲み会の時間をもったいないと思っていた。だからなるべく飲み会とかもしなかった、全てを作ることみたいなものに注ごうとしていた、だから時間の管理とか生きている理由とかもそこにあったかもしれない。

なし崩し的な部分と意識的な部分がそれとは違う自分をだんだんと形成していったように思う。社会も変化していったのもあると思う。以前であれば飲み会で話されることは無駄のように思っていたが、そうではなくてそこにも人の何かがなだれこんでくると思うようになった。それも含めての“生きている"みたいに思うようになっていった、と思う。前までは友達はいなくても何か向かう際に仲間のように走れること、その瞬間や時間こそが開かれているべきで、その瞬間ばかりを求めていた。他の経営者の人のインタビューなどで最近そのような意見をいまだに言っている人がいて驚いてしまった、今の考えとしてはもっと色んな時間が友達とかとの間にも流れているはずなのだから。でもそれにしては、友達を頼りとしたようなプライベートのことを話したり聞いたりというのは多くあるだろうか、といえば全然まだまだかもしれない。もっと人に話してもいいのかもしれない。弱いところを見せる、とはそういうことかもしれない。 何か時代が以前とは違って、強く見せても結局のところいよいよどうしようもなく難しいところまで来ているのかもしれない。

一方ででも最近の自分のバランスとしては、その時の生きようとしていたモチベーションを再び取り戻せないか、と思っている。過去と現在進行形のブレンドで古いようなでも何か刷新されたような考えを自分の中での進み具合として手に入れられないかなぁ、人生において、と思うのだ。これに関しては周りは関係ない。

生きていればいいのだから、色々周りに比べて出来ていなかろうが、そんなことは関係ないどころか、そんな何かは存在しないんじゃないだろうか?もっともっと複雑に全体を見渡すべきだ。そうしていくと明日や今日や昨日はより全体的に総合的にいつも広がっていると感じられる、というところに辿り着いた。


日本語や言葉を遊ぶこと。

伝えるためだけにそれらがあるわけでもない、今書いている自分がどこかへ行くために使って構わないんだきゃら。

2026年5月15日金曜日

10代 飛

 松任谷由美の音楽人生の中で尾崎豊が登場し、森山直太朗も登場した、ということをふと思って調べたらそうだった。

アマプラでゴジラシリーズを見始めた。小学生の頃、友井くんの家で見て以来だ。友井くんはお金持ちの家に住んでいて、勉強もよく出来た。どちらかというと癖が強くて、一部からからかわれてもいた。子供ながらにどうかそういうことが成長の過程で枷になりませんように、、と勝手にどこかで思っていたが本人とすればそういうのはたまったもんじゃない経験として残ってしまうだろうか。友井くんは今はどうしてるかな。一方で山根くんのことも思い出した。山根くんの家にも遊びに行ったことがある。小学生の時はおそらく本当に色んな子と遊んでいたのだろう、どういうモチベーションだったんだろう。3年生あたりまでじゃないかな??3年の途中や4年の途中からグループが生まれていった記憶で、その中における自分を楽しみ始めたんだろう。これも中2くらいまでで別のフェーズに入っていった。

10代の大事さ。

飛行機、


自分を休ませる、ご褒美をあげるのがずっと下手だった可能性がある。ぼんやりはあるにせよ。

こないだは鎌倉へ行き見たかった展示を見てお参りをして、美味しいご飯屋さんにいつもと違う時間に入ってご飯を食べるなどをしてみた。

なんかいい気分だった。こういうこともかもしれない。1000年前の文化の香り残る土地で今の潮風がほんのり届きそうな音のする土地で。

2026年5月10日日曜日

20

 大学の同窓会へ。最初はドキドキしたがすぐに着陸していくみたいに昔の感覚を取り戻していく時間だった。関係性の中で人が見えてくることが面白い。 先生の言葉に授業的な質感があり、それが以前の続きとして感じられた。僕はその当時に感じきれなかったことをそこで得るような感じがした。 三船くんと別れて1人の帰り道が始まるとそこで現在の時間に再び戻っていくようなさっきまでの時間、過去の時間や空間が遠のいていくような感覚があった。


2026年5月4日月曜日

こま

 やばい、明日二回公演なのに眠れない絶望。 まぁなんとかなるだろう、それにしても眠れない原因を突き止めて解決出来ないがずっと続いてる、

2026年5月2日土曜日

おも、わしろ、く

 劇場に通って稽古をしていて、段々とたくさんの人がいる中で働くのが楽しくなってくる。だんだんと見えて来るパーソナリティとか。元々学校が好きだったわけだから、そりゃそうだけど。やっとかおりさんのクリエーションを通して何度も通ったというのが大きい。 人が集まって来ると段々とふざけたり笑わせたりするのが面白くて、そうか、学校でもそれこそが1番大事なことだった気がする。

ダンスとかをまじめにやって、人前で真面目に喋ったり、そういう時の自意識みたいなのも大事なパーソナリティとしてもあるのだけど、その時でさえ、笑えるような方向性はなかったかと、今になって反省する。

それは昔の自分へのリスペクトがあるからなのかもしれない。

ここで大事だと思ったことを公演が終わっても引き続き待ち続けたいな。

2026年4月29日水曜日

こ、の、あ、な、

 眠れないのはしょうがない。でも布団に身体を倒していることでの回復はある。公演が差し迫っていて先週はかおりさんも帰ってしまう前だったので毎日通しをしていて、これが中々ハードだった。時間としては1時間もない作品だがほぼはけたりがない。色んな要素が詰まっている分、色んな身体や思考もその都度調整するので取り組みがいのある作品。

ともかく毎日、いい感じのルーティーンをギリギリに生き延びてる感じ。 

ここ最近は少しだけ気分や考え方も調整されつつあるかもしれない。やりたかったことを周りを気にせずに自分のペースでやろうという風になってきているかも。絵をなるべく少なくとも毎日描けるように時間を作るのも要因かもしれない。絵で具体的に、というわけでもないのだけど、毎日自分が良いと思えることをやっていける、と他のことも出来るような気がしてくるのかも。5月いっぱいはこの感じを引き続き試したい。

5月19日にソロでの取り組みを急遽取り決めた。嬉しい。自分にとっては大事なこと、だ。自分を、やりたいことをメンテナンス出来る。とても楽しみ。人が来るかどうかは不安に思ってしまうけども、それよりは決めたことを届けようと取り組むことが大事とわかっている感じで、そこからやっていけば良いんだと思う。数年前に出来ていて、出来なくなっていたことをもう一回やることから出直す感じ?人と比べたらしょうがないけど、そういう経路を辿ることだってあるんだと思う。人より時間かかってもいい。

2026年4月20日月曜日

記憶

 困ったまためちゃ疲れたのに眠れない。むずかしい。

さみしいということなんだろうか。色々なこと。さみしい時にさみしいというのが難しいということを坂口恭平さんの映画の中でも言っていたかも。 街の中でも誰といるのにさみしいに違いない人、自分のための時間を自分で作れるようになることでさみしいというところから解決になるというような話。 その時間は持っているはずでいたが、なんか変な気もする。

高校の時に暴力的な友達がいてすぐ特定の誰かを殴ろうとしていた彼は今になって思えば彼も親から何かしらの形で受けていたのかもしれない。頑なな態度だった。高校生は半分大人なだけに、なんだか互いに子供っぽさよりは分別のつくリスペクトを持った関係で作る互いの関係が多かった気がする。でもそうなると見せれない部分もいっぱいあったのかもしれない。

急に半分子供なのに優しかった彼らのことを思い出して、高校生としてもう一度あの時間を過ごし会いたいと思った。記憶の中で何度でも会おう。そしてます今を更新するんだ。

2026年4月16日木曜日

はだか、

 連日稽古が続いていて、どっぷり疲れる作品でいつも帰りの電車の中で少し眠ってしまう。けど、帰って夜寝ようものなら頭が冴えてしまって眠れないタイミングがやはりある。

ひゃー。厳しい。

しかしクリエーションはとても恵まれている。何度もやった場所で段々と人とも打ち解けていって、互いへのリスペクトを感じられる。ここで仕事に打ち込めるというのは幸福だと思う。

一方でというかパラレルに人生が進んでいく。ここ数ヶ月はやっと再び自分のために生きるような時間が取り戻せているのかもしれない。そこから他のこととかも、だ、という感じがする。

取り組んでいることの分野ごとの未来や社会のことを考えると大変さは増して行ってるように思う。

家族に坂口恭平さんの映画を勧めるとそれぞれ観に行ってくれたみたいで、むしろ僕の方がまだ見れていない。色々現実的な情報を手に入れることの出来る社会的なコンテンツは増えたが、それらが手をつけられずにいるアクションの部分を坂口さんはやっているから、本当にそれが大事だ。それがもしなかったとしたら社会や人は本当につまらないものに感じられてしまうだろう。彼の活動を少し覗き見ることで、生きるということが水飛沫のようにうごめき出すこととして現れる。そこに少しでも近付けるような集中や工夫や隙間や熱心や冷静やコツコツを進めたいなー。

また一方でこの毎日という日々や、人生が有限であり、色んなことを思うこと、や自由であること、らが有限であること。

時間はどんどんと過ぎていき、親はとしをとり、今自分が1人であること。明日の仕事があること。 でもいなくなってしまうとしたら、全てのことが消え去ってしまう中にいる。

こないだリハーサルの中で一瞬、もう人前で踊ることがこの時間で最後かもしれない、という思いがやってきてそれで踊ろうとした気持ちが現れるということがあった。生きるということを、引き続き色々な角度から責め立てて見る状況というものの中にどんな風にしていれれるか、そしてそこから何かしてみる、ということに乗り出したっていいのかもしれない。どんどん臆病へとなってしまうよ。


彼が言うほどの人生を棒にふる、は出来てこなかったけど。もっと裸になって、何かあるかもしれないね、




2026年3月28日土曜日

やれ、

 気付けば毎月風邪をひいている。毎月どころじゃやい。治ったと思って油断するとまたやってきて、よろよろと倒れそうになる、何か変なのか、なんだろう。ご飯を作って食べているが充分ではないのか。早く寝て明日の朝早く起きなきゃなのに、2週間ぶりに隣の人がうるさい。朝起きるとまぁしょうがない、という気分に流されて少し体調を眠れないせいでさらに体調を崩してになる感じ。夜中に壁薄いのに1時間も2時間も電話すんなよ、精神的なものかもしれないと情が生まれつつ知ったこっちゃないの板挟みの気分である。

まぁ言わなきゃわからないよな。

2026年3月26日木曜日

あたらしいけん

実家にやってきた。親はボケていないだろうか、体は動くだろうか、と心配もありつつ、でもなんかもうそうやって定期的に会ったりアイディアを考えることも人生のタームに入ってくる。自分ではまだ何もしていないのに。 たくさんの時間があったはずなのに何も出来ずに時間が過ぎてしまった、、のか。そんなことはないだろう。

ポジティブな気持ちが少しだが数日に一度訪れ、それが意識的にわかる、以前はそのことが普通に思えて自覚的でなかった。この気持ちがやってくることこそ、積極的に待っていたいと思うのだった。

雨が降っている。この雨が昔の雨の記憶と交信し繋がったとわかる。 

こないだ集まった人たちと歩き回ったのが楽しかった。確かに藤村くんの言うように人が集まるだけで楽しいだった。組み合わせも良かった、、なんて言いたくないけど。なんでもなさが良かった。

大木さんのオープニングも楽しかった。僕はなんか本当に最近、本番だろうとすっとして、でも準備には追われていて、みたいな状況の人になってしまったが、会場に着くとオル太の人たちや色んな同世代のアーティストたちにかわるがわる会って行って、個別には会ったりするけど、続けてってみんな変わって行ってすごいな、とリスペクトを持って出会えることが嬉しかった。そして少し上の世代の素晴らしいアーティストたちがいて、その人たちにもまた会えたことが嬉しかった。いいアーティストが集まっていて、すごいと思った。もちろん大木さんだからだろう。人それぞれその日の思いは違かったと思う。
僕は自分のタイミングで引き続き考えざるを得ないようなアイディアで大木さんはあり続けるだろうな。会の中でもばちばちっとなる瞬間が起きていて、火花が散る。そういうことを僕は避けていないだろうか、でもいいのだ、それもそれで。そしてそれでも終わらないと思っている、続くと思っている、までが自分のやり方と思いたい。

2026年3月17日火曜日

なりは、

相変わらず、眠れない。下手すぎる、タイミングを逃すとすぐそうだ。困ったな。これをなんとかしないと、よくないことばかりを考え時間が過ぎていく。体感としてはそういうことに支配されていく印象に溢れてしまう。困ったなー。

早く起きるようにしてみようかな。

最近はやめることが少なくなった。若い頃まではやめることが多かったが、いよいよ、続けて食べて行けるようにするとなるとやめることが難しい。ダラダラと続いているし、続けていき変化し続けることこそ素晴らしいと思い始めている。

ともかくポジティブなこと、というか出来ることを考えていかないと、そうじゃない方での印象が人生の中で溢れてしまいそうで、、しかしそれはそれでもしかしたら何かなのかもしれないんだけど。

2026年3月14日土曜日

眠れない

もう本当に勘弁してほしい、こんなに疲れて体調も万全と言えないのに、布団に入っても眠れない、上に今日は隣人じゃなく上の階の人だ。20代のそういうのはしょうがない、と映画で学んだが、もう勘弁してほしい、2日連続で、なんてアパートだ。

それにしてもそもそもがこんなに疲れてるのに眠れない、そもそも公演とかエネルギーの負担のある日に限って調整のうまくいかない日がここ数年かここ一年かありすぎる。単純に自分のせいか、なんかお祓いでも行った方がいいのか、今年のは凶が出たせいか。


飛び

 今日は良いことがあった。久しぶりに会った友達にいい言葉をもらった。そうだった、彼は時々詩人のように言葉をくれる。言う、人だった。そこまでたくさん話しているわけではないけど。彼は基本的には絵を描くが、言葉がそんな風に発されることがある人であった。

帰ったら岡さんの出演するラジオが流れていた。KREVAさんは、大学の友人に指摘されてよく見ていくととんでもなく真面目で努力家のことがわかる。ヒップホップとそれの相性は知らないが、彼はそのようにして確かに何かを掴んでいる。驚いたのはラジオのコーナーで3、2、1年前の出来事を話していること。これを毎日やってるんじゃないだろうか。ある意味で岡さんに通ずるところだと思った。

オススメの曲として忌野清志郎さんの夢という曲が流れた。

このダブルコンビネーションで再び羽が生えたような1日を味わうことが出来た。飛んでいきたい気持ちを増やして、飛ぶ準備をしていかなきゃ。

2026年3月13日金曜日

眠、な

 案の定、眠れない。体調を回復するチャンスなのに、早く布団に入ったものの、こういう日に限って隣の家の人の電話声が聞こえてくる。管理会社に電話すれば良かったのか。なんだかんだでずっと我慢している、隣の人は余裕のなさそうな人という印象がある、だから様子見で、ということでやってきたけどもう。

だけど今日はそんなに長くは続かなかった。それでイライラも去っていったが、そこまでめっちゃ風邪なはずはないのにどんなに暖かくしても暖かくならないという時間も長くあって、やっと暖かくなってきたものの、眠れない。

書いていると書いてることに甘える、よりかかるというのがあると思う。


2026年3月11日水曜日

反、

 ふひー、本番近いのに別のことに追われて、みたいなのが続き、慣れないことが変なタイミングでやってくる。そして完全に寒い3月に油断して少し体調を崩した。ようやく気付いたけど、今住んでいる家のあれこれでは寒いのに普通には太刀打ち出来なかなっているんだと思う、年齢とともに。大反省。

生活をもう少しちゃんとしよう。

2026年3月4日水曜日

闇の川の水面の向こう

 映画館に行くと楽しみにしていた観客ですでに良い席一列が埋まっていて、その後ろの列を選んだ。隣には全く誰もいなくて、ポップコーンと飲み物で楽しんだ。みんながこの映画を期待しているのがわかった。

あまり前情報なく観に行ったけど素晴らしい映画だった。2026年の映画として記憶されるような、少し斜めな感想を言えばカンヌでグランプリをとる映画の作りをしていたと思う。それは天邪鬼な感想で、でもとにかく"今日的"だと思う、それはつまり家族や鬱などに取り組んだ映画だったと思う。ハリウッドスターとローカルのスターのバランスも素晴らしいと思った、そのキャスティングも今日的と思ったが、それはあくまで極東の国の感想であるかもしれない。


映画を見ていくことで本来の自分を取り戻そうとしている。どんな風であったか、どんな風であろうとしかたか、を少しずつ。、、、そんなこと言ってる年齢じゃないと言われるかもしれない、家族を持っていたらそんな時間はないだろう。でも、今あることであることをやるしかないのだ、それぞれの精一杯の今を生きるしかない。

少しだけ映画の感覚を思い出してまた懐かしくて新鮮な自分になっていたと思う。玉川を見つめてあの暗闇に光る水面の向こうをずっと行くと20年前の多摩川へ遡れるんだ、ということを思った。

雨が降っていて、いつもこういう日は雨の中だ。

もう一回、大事なものを探しに行かなければ。

2026年2月28日土曜日

詩みたいだった

 久しぶりに詩を感じるようなことがあったのに、タイミングなのか、やっぱりダメかもしれない。難しい。

久しぶりに会った友人とフランスの話をしたものだからフランスのことを思い出した。あんな風に一緒に時間を過ごすと確かにそれはフランスでのことだったけど、そういう場所の思い出という包みから飛び出して、色んなことが込み上げてくるようなかたまりだった。

ストリートでもう7年くらいになりそう。決してあくまであの場所は自分が踊るためにやっている、というニュアンスで続けているが、今通ってくる人も熱心な人がいて、そうするとその人たちのためにも続けよう、という気持ちもわいてくる。その日、ビールタイムで話したりSNSなどで踊った時の感想とかを見かけたりして、明らかにそこで自ら踊ったことが自らの言葉になっているということを美しいと思ってしまう。自分が踊って感じたことがあればあるほど、面白いと思う。基本的には踊りは勝手にしやがれ、であってほしい。

2026年2月21日土曜日

ひゃる、

 案の定、風邪を引いたと思う。今読んでいる本にちょうど書いてあったが、意識で生きてしまってる部分が多くあると思う。昨日や一昨日、明らかに寒いと身体が言っているのをきかずに意識で大丈夫なことにしていたが、あの時のケアの至らなさだと思う。ギリギリ冬を乗り越えているが家や部屋をあたたかくするべくできることをやっていない。それでも昨年よりはマシなところが友人の助言によって行われたが。

ちょいと熱っぽいと朝早いので布団に入り、きっと眠れないだろうと読書で赤ちゃんを寝かせるように徐々に寝に入ろうとやがて電気を消すとここでまた隣人か上の階からの映画が何かの音が聞こえ出し一気に眠気が覚めてしまう。本当にやれやれだ。それから数時間。大体このようにして一年に何度か体調を崩すことになる。

何かを嫌がって大きくする度胸もなく、小さな人生が細々としたバランスで生きながらえているようでうんざりしてしまう。

2026年2月20日金曜日

ひゃ

 リズムが一瞬にして狂うな、今夜は上手く一時には寝れると思ったがスマホを前に考え事をしていると、そして寒さと布団の中の絶妙なあったかさの中で眠るための温度調整が出来なくなった。そして隣人からずっと高い笛のような音が時折聞こえる。上の階のDJの人はちゃんと不動産屋を通してからは時間を守ってその上でやってくれるようになったし、挨拶もしてくれて次第に何か通じて来ている感じがする。ところが隣の人は最初だけ、何か気をきかしたようなことを言ったと思ったら次から挨拶が次第になくなってしまった。おそらくちょっと大変なのだろう、とは知っているものの。もしかしたら別の時間で生活しているのかもしれない。

やっとこの1週間で生活を取り戻そうと掃除もしたりして次の感じへの準備だと思ったのに、風邪ひきたくないな。

昨日映画を1人で観に行った。それはそれはいい時間だった。観客のリテラシーも高い時がたまにあって、映画も良いとき、なかなか至福の時間だ。

でも至福とも違うかもしれない、自分にとって映画は孤独を生きるための必要なガソリンみたいなことなのかもしれない。せめて映画くらいとは、何かの関係でありたいというか、そういう風にして人生を使い過ぎた感じもあるかもしれない、ずいぶん時間が経ってしまった。やれやれ、だ。

またダメなことを考えればきっとコロナの後で、色んな憧れのモチベーションも下がっていったのだと思う。憧れを伴って、キラキラとかも求めての選んだ世界であったはずだが、何か別のことで休んでいるうちに次第にそれを見なくて追わなくなったのか、それともそんなものがやっぱりあんまりダメだと思ったのか、どっちだろう。 だから憧れやキラキラを誘発するものがSNSとかで出回っているが、ほとんどの場合以前よりも効力を持ってないように感じられてしまう。そうするとあとは実際的なことしかなくなる。かつて"夢"とか呼ばれていたようなことは存在してはいるはずなんだが、自分には見えにくくなってしまったのか、

コロナ後の活動では、それでも具体的で実際的なアイディアが出てくるのでそれで対処していた。そして、今その地平でそれで手を動かして出来ているものがあるのだから、そこに未来も含まれているのだから、疑う必要がないのだけど、かつてあった場所にエネルギーがないと感じられてずっとそれは何だろうと探してしまう。



2026年2月18日水曜日

、?".

 今はなんでもかんでもSNSになって、それできっと色んなことがシェア出来るように思えて、でもその人ごとに言えないこととかが一方で強くあって、という状況も多いのじゃないかな。

30代の後半になって生きていて並走する感情のうち、さみしいというかどこへもいけない感じの感情が付き纏ってしまっている。嬉しいことの種類もだんだんと変わっていった。本当に生きてこなかったらわからなかった。感情を生むこの身体も運動の力学も違うことを若い時に想定することが出来ない。

だからこそ同じなのに同じじゃないという考察が出来る、人生が続く面白さなんだろう。

ワイズマンも死んでしまった。新作を見るのが楽しみな監督だった。大木さんは令和という時代を楽しんでいただろうか。でも別にそんなことについての寂しさとかを持ったりするのとはまた別の次元を生きていたはず。 最近、昭和や平成が遠のいていくのがひどく寂しい。心の拠り所にしているのかもしれない。なんかそれは弱くてダメだなぁとも思う。これまでに好きだったことが失われていくことに焦っている、でもそれはやっとその好きに対しての愛とかを示せるやり方なりをやっと理解したり近付いたり出来てきたから、とも言えるのだろうけど、そうなれるのにも時間がかかった。

さみしいのが癒えていく自信がなくなってきた。(ここからが勝負!)

ずっとキラキラした90年代のアメリカとかの映画を観ている。

2026年2月7日土曜日

夢か

 夢とは思わないような夢を見た。つまり夢の中では全く夢だと思わなかったが覚めたらあれは夢だったと当然のように思った。 昔、一目惚れし随分想いを募らせた人がいた。あまりに好きだったが、恋愛のスキルが雑魚に等しく、アプローチが全然うまく出来なかった。にも関わらず、どうにもそういうよくないものを引き当ててしまう癖もあり、なぜか会ってくれるタイミングというのがあった。(自分の方を棚に上げて自分だってクソみたいな振る舞いをしてしまったことはあるのだが、、)

思い返せばそういうのがたくさんだった。自分だけじゃないと思うが、つまり多くの人はある時はクソになるし、ある時はクソをされる側になる、というのがここ数年やっとわかってきたことだ。だからむしろフラットだ、なんていう方が少ないのでは。人は簡単に欲望のためにクソみたいになるんだと思う。


話が変わってしまったが、そうその人が夢の中に久しぶりに出てきたんだった。内容はほとんど忘れてしまったが、少し相変わらず寂しく、そして時間が経ってしまった感じはちゃんと夢でもあった。その感じこそが生きてなきゃないことだし、時間が経ったんだと思った。その時に見た景色のことも覚えている。その景色はやっぱり他の景色とは違うものとして記憶されている。

2026年1月25日日曜日

か!

 さっきまでジムキャリーのケーブルガイを見ていた。電気を消すと急に白かった光の閃光がどこかへ収束するように吸い込まれていった。

そんな中こうして携帯を取りだし文章を書き始める。

BUGで展示をしながらずっと絵のこととかを考えている。本当はBUGの絵を進めながら、家では別の絵を描きためようとしていたがそれが難しい。一月は体調を崩してしまっているのもあるがそれにしても気持ちが中々進まないのだ。変なメカニズムがあるんだろうか。いくらか立てていた目標は(あまり積極的とは言えないが)達成したので1月はもう休みにあてようと思っている。とは言え毎日何かしら少しあるのだけど。

BUGでの展示は、少しだけまだ他で聞いたことのない領域に少し足をかけたはずだ、と思っている。もしそれらが今後チャンスによってはより振り切れるようであれば、ここがどうであれ、閉塞感を勝手に突破出来るような気でいる。周りが感じる閉塞感と僕個人のものの差はあるだろうし、それはどうしようもないのだが。色んなことをサボらなければ、そしてもう少しエンジンやエネルギーが必要だとしたら、今までもっとやっていた、出来ていた物事に感動し、それを自分でやってみる部分とあとは現実的なところでも面白がれるかどうか、だ。

最近、中々色々大変で、どんな風にして、生きていることの意味を保たせればとか、思ったりもするんだが(これは山田玲司とおっくんの会話の中で山田さんはやっぱり元々文化の人だから世界のせいの部分も言ってたがおっくんはいやそんなこと考えない人がいて、普通に生きてる、って話をしてて絶対僕も最近は後者だと思う。んだけど、自分の傾向として、、)そういう中で考えているのは、

学生の頃はエモさが有り余る一方、現実的にクリアすることが本当は流される分大事だと思っていたが、今はどんどん現実的になる、ダンスも踊れば踊るほど現実的になっていく、そして現実的な素晴らしいやりとりにも触れていくから。

でも歌を聞いた時とかに起こる、吹く風とか、な効果が少し弱っていったとしても、だからこそそれらによって生きさせてくれる何かがあるかも、って今思いたいのだ。


2026年1月22日木曜日

よし、

 ということで誕生日を迎え、また一つ歳をとった。全然年齢を気にしてしまう。

誕生日の日、憂鬱な気持ちで自転車を押しているとCHAGE&ASKAのことが頭に浮かんできて、ASKAのことを考えた。きっと、ASKAだったらどんな風に生きるか、と不意に思った。最近なのか、前からなのか、気がついたら自分なりのみじめさみたいなことの直面している時間がちょくちょくあることに気付いた。

そのことを友人に話すと、そんな風には見えないともちろん言われたし"みじめさ"というのも平均的なそれがあって、ある人たちにはしか訪れないようなイメージもあるが、そんなことはなくて、人それぞれの惨めな気持ちというのはそれぞれのレベルでそれぞれにあるんじゃないか。

僕の場合は、最近あまりにもそういう気持ちがここ数年はやってくることが多かったから、ASKAがやってきて、そんなことを鼻で笑い飛ばすみたいなイメージが出てきた。僕だってそんな風に生きれるかもしれない。それはSAY YESが不意に流れ、流れ切る、人生をそれで生き切るみたいなことが出来たら本当にそれはかっこいいと思う。輝いていてね。そういう人がすでに他にもきっと広いからいるだろうけど。

あと、こんなことも思った。僕は意外にやるところはやるけど、やらないところは本当にビビってやらない、そのストックがそれぞれにあると思う。でも思い返して見ると、本当に今更で気付くのが遅かったけど、やってみて後悔していることの方が断然少ないと、思った。その日はすぐには帰らずに回り道をして、そのことは確実に良いことだった。そういう奴のこととかね。よし、

2026年1月15日木曜日

さみしさをつきやぶる石

 京都から帰ってきてもうすぐに東京に染まってしまう。京都では体調を途中崩して、パフォーマンス以外の時間は休息にあてる感じで他の人ともっと交流をしたかったのに残念。だけどそれを上回るくらいに短い時間でも本当にみなさんからの素敵なエネルギーをもらえて充実したものになっていた。

たくさん電動自転車を使って京都市内を移動し、少ないながらもまわった神社や展示などでもらった光とか。体力ある時にすぐにケーキとお茶でも取っておけばよかったと思うし、栄養も意識的に取っておくべきだった。初日に前入りして入ったホテルのテレビで船越桂特集を昔の再放送でやっていて、その時に撮影が捉えた光というのも素晴らしかった。

テレビの流す時間というもの自体の、もの性が、その性格ごと浮き上がって見えた。

そんなんで後半はほとんどホテルのベッドに横になっていて、あんなにもホテルと仲良くなるのも中々ない経験だった。

ずっと体が横になって眺めている景色はなんだか横に流れている海や連なる山のイメージみたいにぐったりと置かれて感じられたままだ。

そしてずいぶん、昔の憧れていた時の京都の記憶がそこにはあった。もう戻らない京都や大阪のそれぞれの記憶の中での京都の憧れみたいな、キラキラした光と風の吹く京都の記憶。

どこかにも書いたけど、その時みたいには感じれないのだけど、今の自分はその時の自分やその時を思い出すことと一緒にいれるということが出来るんだ人生は、と思った。そういう風なことも積み重なっていく。死ぬまではそれらを連れて行ったり、もしかしたら忘れたりするんだろう。

最近、どんどん自分の中での昭和が消えていく、少しずつ色んなことが手を振ってさようなら、といなくなってしまう。小さい時に親しんだものや、作品だとか音楽だとか人だとか。昭和をギリギリ生きていたし、平成はその後だったからそのながらの中を生きていた。世界は大変な一方だけど、これはこれで寂しい、すーっと少しずつ色んなものがここから去っていく。人間は勝手なもので、人が死んだり、何かがなくなったりも、単線で繋がっているわけじゃないみたいにして、変な回路でのそれの気もする。全く勝手な寂しがりがやってきてるわけだけど。

僕もしっかり本当に宇宙にまで届くような電報を打って、せめて寂しさを突き破れないかな。

2026年1月7日水曜日

京都

 僕は今、京都にいて少し前乗りしたホテルが思ったよりも良くて早く寝ようと思ったけど絵が盛り上がってこの時間になった。 少し今年はお酒を毎日飲まなくてもいいかもしれない、アルコール中毒にはほど遠いが考えてみればもしお酒を飲まずに晩御飯からのぐたった流れを抑止することが出来ていたら描かれていた絵や読まれていた本などがあったかもしれない、と今更思った。それは悲しいので、そのことをどうか考えてみてください。

ホテルに辿り着くと船越桂さんのテレビを再放送でやっていた。1993年だ。クロスロードをミスチルが発表した年。彼が42歳というのでそうか、彼は村上龍や坂本龍一と近い年だったんだ。最近、昭和や平成が失われるような怖さがあって、昔のものを改めて摂取しようとしているのかもしれない。

テレビがその時代の空気を掴んでいて、撮影のことを虫取りみたいだと思った。

一通り終えてベッドに倒れ込むと、ここはかつて普通にマンションのひと部屋だったようなホテルの部屋で、2つベットがあるのに1人しかいないことを寂しく思えた。20代であればそうは思わなかったはずだ。ただベットは一つよりは2つ、2つよりは3つあるだけ楽しいと考えていたような気がする。

京都駅に辿り着き、美しい京都タワーを見上げて、あの頃は京都に憧れを持っていたのを思い出した。

寂しい気がするが、20歳くらいの自分と一緒に来てる感じもする。

2026年1月1日木曜日

20260101

 海まで走ろうかと思ったが最近の体力や調整を考えて難しそうだと思って行けるところまでいったら引き返してくることにした。川沿いを初めて走ってみると真っ暗に近いところがいくつもあり、人工の工場や会社の建物と生い茂った緑が混ざり合う景観に出会し、適当な街灯のあかりや地面の砂利が相まって意識を明瞭にして走ることが難しく、感覚を揺さぶられる身体的負荷の面白ささえあった。何かを見ようとか得ようとか感覚を研ぎ澄ませよう、とかいう力が働く感じは久しぶりだった。

コンビニでトイレを借りオロナミンCを買い、店員のおじいさんに道を聞いた。おじいさんは話しかけると優しく、チャーミングでもあった。1月1日から働く彼は一体どんな人生を過ごしてきたのだろう、と勝手に想像しようとする。

走りながら今年のこと、将来や未来、本当に私がやりたいことなどを考え整理しようと思っていたのに中々難しかった。得れたことの多くは走った、ということだと思う。それでもいつも思うのは正月の静けさの中を走れることが出来る。いつもの東京に比べて静かな東京を過ごすことが出来る。この静けさの美しさは他に変え難いと思う。うるさくて忙しいのを知っている分、まるでみんなで行うパフォーマンスみたいだ。謎に揃ってしまったような。霊的な美しさがある。

1月に38才を迎える。今考えると二つのことが浮かんだ。年をとって良いことは走りながらも思っていたことだけど、いくつも思い出のレイヤーが増え、それを重ね見れることだ。あの時の、あの時の、で場所の意味が変わってくる。悲しいことも楽しいことも。10年前と違う見方で観れるし、10年前の見方のことも眼差している。 悪かったことは、38才であればそれまでの過去の中で想像していた38才像と現実の違いに打ちひしがれることだ。もし30才であればそれまでに想像していた像だけど、そして20才であればそれまでに想像して像。でも37年分で想像していた像と比べてしまうことの辛さがある。もしかしたらそこからの解放という大転換点も人生にはあるのかもしれないが。


実家でとっておいたというテレビ番組をいくつか見せてもらう中で子供たちの生きるをテーマにした大阪の学校の取り組みが紹介されるものがあった。その中で子どもたちの話を聞いていると、どうしても泣いてしまってダメだった。昔はきっと泣かなかったのに。すごい先生たちがいるんだと思った。子供との関わりが増えたのもあるかもしれない。ある時は大事に思おうと思ったり、ある時はめんどくさくなったり、こっちの調子もあるからその上で対応する。でもその対応の幅は、大人と接する時以上に振れ幅がすごい。たぶん、こっちも色んな気を使っているんだろう、自分の中の子供を呼び出しながら翻弄され対応もしているんだと思う。そのことによって取り戻される何かや、突きつけられる何かがある。 逆にじゃあ、大人とはなんでそんなふうに付き合えなくなったんだろう。

その後は老人たちも子供たちもその辺の人たちも集まる施設のテレビを見て、バランスをとろうとした。

生きていくのは大変だ。夜の郊外を走りながら案の定、ベンチで休むホームレスの人を見かけた。わからないけど、誰とも話したくない関係を持ちたくないくらいに疲れることってあると思った。それでも生きているには、いちど外れたりというのもそれはそれで大変そうだけど、そのようにするというのもあるかもしれない。

でも人とのやりとりの面白さは本当にある。人と接しているとまるで形が無限に変化するみたいに何かが動いているから。疲れようがなんだろうが、それでも動くと互いが動き合っていたところから人が始まってる気がするから。