本番が終わった。と言っても明後日もあるけど。とにかく肩の荷が降りた。心配な体調だったけども、それも過ぎていった。パフォーマンスの後に参加したワークショップの中で誰かに向けて踊るパートが現れ、指名を受け、先ほどまでステージマネージャーをしてくれた彼に向けて踊ることになった。何だろう、たとえばどこかからやってくる"勇気“みたいなものが大人になったとしても知らない何かが運んでくれたらきっと誰もが言わなくても願っていないかと思ってそれをつくろうと出来ないかとトライした。自分なりの日本の風みたいな感じで。日本の風というか、あの辺の風って感じだろうか。すると、帰り際お別れの際に彼から実は自分が書いた手紙というのが別れた両親の話だったから、それを踊ってくれたみたいでありがとう、と言われた。急に胸が詰まった。 きっと彼は僕より年上だが、そういう風にして立場が変わる?という交換されることはずっとあることだろう。
ラジルがパフォーマンスを終えた後に倒れた。sickとみんな言っていた。インドネシアの人はみんな優しくてリラックスしていて、と思ったから急に暗い空気が周りにあってみんなもやさしくサポートしていたけれど。それぞれのケアのあり方があった、僕は少しでも背中をさするか考えたが、わからないと思うことにした。もしかしてツアーの中で絶妙な歴史を持つ場所へ入っていったのが原因ではなかったろうか。
帰りは疲れていたが人とご飯食べるかもしれない、と思いもう少し歩いてみる。ついに気になってたコーヒー、ジェラート屋に入る、が思ったよりジェラートは砂糖と言う感じで美味しくはなかった。が、1人打ち上げだとだらだら過ごす。向かいのレストランでは相変わらず熱唱が聞こえる。宿に帰るとタイから来てる2人のアーティストは相変わらずずっとSNSを見ている。僕もそうだ。沢木耕太郎の時はSNSはなかった。あれはもう50年も前の話か。少なからずさまざまな場所で踊ったリサーチが少しは役に立たないかなぁ。
さて、今日は疲れました、
そして眠れなそう、お疲れ様でした。
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