2026年6月7日日曜日

あの、こ、

韓国ドラマを家で夜ご飯を食べながら見ている。ゴジラは一旦休止中。連続ドラマを見るのはus以来だ。 連続ドラマが日常を応援する。多くの人が音楽を聞きながら人生の一部の時間をよりよく生きようとするみたいにドラマもそのような寄り添う役割があるのかもしれない。それだけじゃない坂口さんのラジオ?を聞いてるのともそこに混ざり合って入ってくる。

実家に帰ると、病気にかかった話を聞いた、というかメールで書いたじゃないと母親に突っ込まれる。いつのまにかiPhoneで文字を打つのが上手くなっていた。何かを失うとはどういうことだろう、それはたぶん同じ失ったにせよ、人それぞれでその空白だったり感じ方も違うのできっと一般化できないのに、何か他と比べてしまうところで感情の決定もいくらか左右されているんじゃないかな。ずいぶん長く幸せな時間を生きてきたような気がする。

今日は調布で高校の友達を見かけた気がする。少し気になったりもした女の子だった。話しかけなかった。そして夜はカフェでパソコンやエアードロップで昔のバイト先の後輩の名前が表示された。そんなことはないだろう、と思ったがなんとその子で、思わず話しかけた。あの頃は大学を出たての自分と高校卒業して大学生となった子たちとの4歳差をずいぶん大きく感じていだが、年をとるごとにその差は感じづらくなっていく。昔会った人たちとの関係というのは切れていくだろう、と思い始めたのは大人になってからだと思う。
最近はそのことへの疑問を持つようになった。そんなことを思い始める大人になってからの自分と小学生の時の頃の自分と比べてどっちが考え方として見習うべきだろうか、と見つめていく。
小さい頃にヒントがたくさんあるような気がしている。坂口さんも、鬱になったりするようになる前の子供に戻るように、いつでもぐっすり眠れた子供の頃に戻るように、と言ってたことにも繋がると思う。

最近はそういうことを考えてる。だから昔の、あの時の、あの頃のことが大事だ。あの頃と今が会えるということを出来れば忘れたくない、すぐ忘れてしまうけど。

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