2010年8月23日月曜日

今日も雑な日記を、僕は書く、




こんばんわ。
えー相互理解について、書きたいのだけど、あんまり書けないかもしれない。

雑です、

色んな人がいます、それぞれが栄養とするものが違ったりして。
僕は、美術系の大学に4年間通いました。
そこで、出会った人の多くは、穏やかというか、なんというか、でも全然コミュニケーションに関しては積極的じゃなかったりするけど、例えば僕が今日ランニングの最中などに大きい道路の近くに良い感じの少し開けたコンクリートの地面があって、そこで三点倒立をしたりして、きれいな美しい人工的なマンションの光たちと夜空を反転した状態で見た、という経験のことをそんなに馬鹿げたこととか、頭おかしいなぁこいつと軽蔑したりはしないような、もっと寛容な人が多かった気がしている。
たぶん、彼らはやはり、文学にしろアートにしろ、映画にしろ、季節にしろ、感じる方が多めだったのかもしれないなぁ、いや全然厳密に言えてないんだけど。

一方で、世の中には、エクザイルとか聞く人もいて、たぶんそれって、音楽を聴くというよりも、カラオケ的ななにかを求めてる人や、アイドルとか流行を消費する的ななにかを求めたりとかの結果?なのかわからないけど、そういう人もいて。

また、一方ですごく体育会系の方で、上下関係をすごく重んじたりする人たちもいたり。

色んな個性があって、1人1人、そのたくさんの個性を、それぞれ違うレベルで持っていて。ある部分では、彼とそのことについて共有出来て、ある部分ではお互いゆずれなくて、とかあって。


そう、僕はもっとそれぞれの色んな価値観が飛び交ったらいいと思うんだ。
だから、海外っていうのも良いと思う。
なぜかというと、やっぱり日本人ってのは、変だと思う。他と相対的に比べて。なにかがおかしい気がする。普通にしてても変なんだ。
そういうことが、たぶん、からだ、感覚でわかると思う。
それから、色々始まる気がしたりするんです。
これからはなにしろ国際社会ですからね。つまりもっと入り乱れるだろうよ。
だから、そういう時には、やっぱり先に出てみるべきなんだと思う。

アートとかで、顧客を心配したりするけど、自分で広げることだと思う。
もしその人の作品が、今まで以上に色んなジャンル?の人々の心とかをつかめるのならそれも、才能なり、工夫だと思う。

そうだ、僕はそういうこともしていくべきなんだ、橋渡しじゃないけど、色んな価値観とかを、行き交うようにしたい、
君、これちょっと見てみてよ。
あ、あなた、もしよかったらこれどうよ。って。

そうすれば恋愛や、出会いも広がるんじゃないかい?
人に会おうぜ、生きてる時間なんてあっというまだし。

中途半端に終わります。ごめんさい。

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