中学生の時、やっぱり思春期男子によくあるように女の子と緊張しちゃってうまく話せない、みたいになりそうな時期があった。それでも幸運なことに色々何かを取り交わす瞬間は互いにある、ということがクラスの子とかと保たれていたのだけどよく話すみたいな子はいなかった。
でも中3で一緒になった青柳さんは誰とも見境なく話した。ギャルだったのに、みんなと話したし、モテた。ぶりっこのような、でもお茶目で、ちゃんとそういう意味で可愛がられるような人だった。 誰とでも話すような人だったし彼氏もいたけど、色々気にしてくれて面白がってくれて互いに面白がってそれでよく話した。し、そこからまた別の女の子とも話すみたいになっていく。それはある意味で僕のその先の人生を絶対的に救ってくれたと思う。時代にブレイクダンスを始めると、それが色んな人とのコミュニケーションを軽やかなものにしてくれた。そのようにして高校に入ればよりその軽やかさが出てきて、ずっとオルタナティブな存在として学校の中でいることが出来た。誰と仲良くなればいいんだろう、グループのどこに所属すればいいんだろう、女の子と話すのはやめておこうとか、男子とよく仲良くしよう、とかそんな余計なことを考えなくてもいい軽やかな場所でいれるような術を、彼女がその最初の準備を作ってくれたような気がする。もちろんもっと辿ればその源泉みたいなものは小学生の時とかからきっと来ていただろうけど、別の道に踏み外す可能性はあったんだ。 彼女は一度アイスクリーム屋さんで働いている時に数年ぶりにあった。その後は噂で聞くくらいだけど、とにかく青柳さんは僕にとってのヒーローだったと今思う。
なぜこんなことを言うかと言えば、男女間の問題というのは大人になってから始まるのでなく、それは親との間から始まり、思春期の学校とかでも語られづらい複雑なことが本当は強く起きているのに、やっぱりそれについてはまだ語り難いなぁ、と見てて思う。
保坂和志の本の中で"やれた"、"やれなかった"委員会の話が出てきた。人生を振り返る。なぜ、あの時あんなに美しい瞬間があり、そこで恋が始まる可能性はなかったのか、とか逆に高校の時に恋をしていた対象の人は今思えば果たしてどうだったんだろう?人生においてやってしまう、自分の見る目のなさ、と一方で人を見る目の強さが発揮されるということのバランスを思う。まぁそもそもこのバランスを言ってしまった時点で相当にダサいが。
保坂さんが言うように"やれなかった"ということはその当時のことを指すだけでなく、今にも響いてある、みたいなことだ。そのことについてストレンジャーシングスも含め考える。大人になっていくということは子どもを生きることでもあるはずだ。もう大人でしか生きない、と強い決心で生きる人もいるかもしれないが。
自分の弱点の一つにすぐに相手の印象を決めつけてしまうところがある。そんな時、一回相手を子どもの状態まで持ってきて見る、ということがうまく機能した時、その人の本当とやりとり出来たかも、という感じがあった。その境地にいけるかな。それにしても僕は偏見で見たり、関係性を早くジャッジしがちだ。
中学の頃のことを思い出すと、その美しさに目が眩む。生きていてよかったと思える瞬間だ。どうか今の中学生とかもそのような時を生きてほしい。たとえその先が霞んでしまったとしても、、そのことについてはもう少し考えれたらなぁ、
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