2026年3月28日土曜日

やれ、

 気付けば毎月風邪をひいている。毎月どころじゃやい。治ったと思って油断するとまたやってきて、よろよろと倒れそうになる、何か変なのか、なんだろう。ご飯を作って食べているが充分ではないのか。早く寝て明日の朝早く起きなきゃなのに、2週間ぶりに隣の人がうるさい。朝起きるとまぁしょうがない、という気分に流されて少し体調を眠れないせいでさらに体調を崩してになる感じ。夜中に壁薄いのに1時間も2時間も電話すんなよ、精神的なものかもしれないと情が生まれつつ知ったこっちゃないの板挟みの気分である。

まぁ言わなきゃわからないよな。

2026年3月26日木曜日

あたらしいけん

実家にやってきた。親はボケていないだろうか、体は動くだろうか、と心配もありつつ、でもなんかもうそうやって定期的に会ったりアイディアを考えることも人生のタームに入ってくる。自分ではまだ何もしていないのに。 たくさんの時間があったはずなのに何も出来ずに時間が過ぎてしまった、、のか。そんなことはないだろう。

ポジティブな気持ちが少しだが数日に一度訪れ、それが意識的にわかる、以前はそのことが普通に思えて自覚的でなかった。この気持ちがやってくることこそ、積極的に待っていたいと思うのだった。

雨が降っている。この雨が昔の雨の記憶と交信し繋がったとわかる。 

こないだ集まった人たちと歩き回ったのが楽しかった。確かに藤村くんの言うように人が集まるだけで楽しいだった。組み合わせも良かった、、なんて言いたくないけど。なんでもなさが良かった。

大木さんのオープニングも楽しかった。僕はなんか本当に最近、本番だろうとすっとして、でも準備には追われていて、みたいな状況の人になってしまったが、会場に着くとオル太の人たちや色んな同世代のアーティストたちにかわるがわる会って行って、個別には会ったりするけど、続けてってみんな変わって行ってすごいな、とリスペクトを持って出会えることが嬉しかった。そして少し上の世代の素晴らしいアーティストたちがいて、その人たちにもまた会えたことが嬉しかった。いいアーティストが集まっていて、すごいと思った。もちろん大木さんだからだろう。人それぞれその日の思いは違かったと思う。
僕は自分のタイミングで引き続き考えざるを得ないようなアイディアで大木さんはあり続けるだろうな。会の中でもばちばちっとなる瞬間が起きていて、火花が散る。そういうことを僕は避けていないだろうか、でもいいのだ、それもそれで。そしてそれでも終わらないと思っている、続くと思っている、までが自分のやり方と思いたい。

2026年3月17日火曜日

なりは、

相変わらず、眠れない。下手すぎる、タイミングを逃すとすぐそうだ。困ったな。これをなんとかしないと、よくないことばかりを考え時間が過ぎていく。体感としてはそういうことに支配されていく印象に溢れてしまう。困ったなー。

早く起きるようにしてみようかな。

最近はやめることが少なくなった。若い頃まではやめることが多かったが、いよいよ、続けて食べて行けるようにするとなるとやめることが難しい。ダラダラと続いているし、続けていき変化し続けることこそ素晴らしいと思い始めている。

ともかくポジティブなこと、というか出来ることを考えていかないと、そうじゃない方での印象が人生の中で溢れてしまいそうで、、しかしそれはそれでもしかしたら何かなのかもしれないんだけど。

2026年3月14日土曜日

眠れない

もう本当に勘弁してほしい、こんなに疲れて体調も万全と言えないのに、布団に入っても眠れない、上に今日は隣人じゃなく上の階の人だ。20代のそういうのはしょうがない、と映画で学んだが、もう勘弁してほしい、2日連続で、なんてアパートだ。

それにしてもそもそもがこんなに疲れてるのに眠れない、そもそも公演とかエネルギーの負担のある日に限って調整のうまくいかない日がここ数年かここ一年かありすぎる。単純に自分のせいか、なんかお祓いでも行った方がいいのか、今年のは凶が出たせいか。


飛び

 今日は良いことがあった。久しぶりに会った友達にいい言葉をもらった。そうだった、彼は時々詩人のように言葉をくれる。言う、人だった。そこまでたくさん話しているわけではないけど。彼は基本的には絵を描くが、言葉がそんな風に発されることがある人であった。

帰ったら岡さんの出演するラジオが流れていた。KREVAさんは、大学の友人に指摘されてよく見ていくととんでもなく真面目で努力家のことがわかる。ヒップホップとそれの相性は知らないが、彼はそのようにして確かに何かを掴んでいる。驚いたのはラジオのコーナーで3、2、1年前の出来事を話していること。これを毎日やってるんじゃないだろうか。ある意味で岡さんに通ずるところだと思った。

オススメの曲として忌野清志郎さんの夢という曲が流れた。

このダブルコンビネーションで再び羽が生えたような1日を味わうことが出来た。飛んでいきたい気持ちを増やして、飛ぶ準備をしていかなきゃ。

2026年3月13日金曜日

眠、な

 案の定、眠れない。体調を回復するチャンスなのに、早く布団に入ったものの、こういう日に限って隣の家の人の電話声が聞こえてくる。管理会社に電話すれば良かったのか。なんだかんだでずっと我慢している、隣の人は余裕のなさそうな人という印象がある、だから様子見で、ということでやってきたけどもう。

だけど今日はそんなに長くは続かなかった。それでイライラも去っていったが、そこまでめっちゃ風邪なはずはないのにどんなに暖かくしても暖かくならないという時間も長くあって、やっと暖かくなってきたものの、眠れない。

書いていると書いてることに甘える、よりかかるというのがあると思う。


2026年3月11日水曜日

反、

 ふひー、本番近いのに別のことに追われて、みたいなのが続き、慣れないことが変なタイミングでやってくる。そして完全に寒い3月に油断して少し体調を崩した。ようやく気付いたけど、今住んでいる家のあれこれでは寒いのに普通には太刀打ち出来なかなっているんだと思う、年齢とともに。大反省。

生活をもう少しちゃんとしよう。

2026年3月4日水曜日

闇の川の水面の向こう

 映画館に行くと楽しみにしていた観客ですでに良い席一列が埋まっていて、その後ろの列を選んだ。隣には全く誰もいなくて、ポップコーンと飲み物で楽しんだ。みんながこの映画を期待しているのがわかった。

あまり前情報なく観に行ったけど素晴らしい映画だった。2026年の映画として記憶されるような、少し斜めな感想を言えばカンヌでグランプリをとる映画の作りをしていたと思う。それは天邪鬼な感想で、でもとにかく"今日的"だと思う、それはつまり家族や鬱などに取り組んだ映画だったと思う。ハリウッドスターとローカルのスターのバランスも素晴らしいと思った、そのキャスティングも今日的と思ったが、それはあくまで極東の国の感想であるかもしれない。


映画を見ていくことで本来の自分を取り戻そうとしている。どんな風であったか、どんな風であろうとしかたか、を少しずつ。、、、そんなこと言ってる年齢じゃないと言われるかもしれない、家族を持っていたらそんな時間はないだろう。でも、今あることであることをやるしかないのだ、それぞれの精一杯の今を生きるしかない。

少しだけ映画の感覚を思い出してまた懐かしくて新鮮な自分になっていたと思う。玉川を見つめてあの暗闇に光る水面の向こうをずっと行くと20年前の多摩川へ遡れるんだ、ということを思った。

雨が降っていて、いつもこういう日は雨の中だ。

もう一回、大事なものを探しに行かなければ。

2026年2月28日土曜日

詩みたいだった

 久しぶりに詩を感じるようなことがあったのに、タイミングなのか、やっぱりダメかもしれない。難しい。

久しぶりに会った友人とフランスの話をしたものだからフランスのことを思い出した。あんな風に一緒に時間を過ごすと確かにそれはフランスでのことだったけど、そういう場所の思い出という包みから飛び出して、色んなことが込み上げてくるようなかたまりだった。

ストリートでもう7年くらいになりそう。決してあくまであの場所は自分が踊るためにやっている、というニュアンスで続けているが、今通ってくる人も熱心な人がいて、そうするとその人たちのためにも続けよう、という気持ちもわいてくる。その日、ビールタイムで話したりSNSなどで踊った時の感想とかを見かけたりして、明らかにそこで自ら踊ったことが自らの言葉になっているということを美しいと思ってしまう。自分が踊って感じたことがあればあるほど、面白いと思う。基本的には踊りは勝手にしやがれ、であってほしい。

2026年2月21日土曜日

ひゃる、

 案の定、風邪を引いたと思う。今読んでいる本にちょうど書いてあったが、意識で生きてしまってる部分が多くあると思う。昨日や一昨日、明らかに寒いと身体が言っているのをきかずに意識で大丈夫なことにしていたが、あの時のケアの至らなさだと思う。ギリギリ冬を乗り越えているが家や部屋をあたたかくするべくできることをやっていない。それでも昨年よりはマシなところが友人の助言によって行われたが。

ちょいと熱っぽいと朝早いので布団に入り、きっと眠れないだろうと読書で赤ちゃんを寝かせるように徐々に寝に入ろうとやがて電気を消すとここでまた隣人か上の階からの映画が何かの音が聞こえ出し一気に眠気が覚めてしまう。本当にやれやれだ。それから数時間。大体このようにして一年に何度か体調を崩すことになる。

何かを嫌がって大きくする度胸もなく、小さな人生が細々としたバランスで生きながらえているようでうんざりしてしまう。

2026年2月20日金曜日

ひゃ

 リズムが一瞬にして狂うな、今夜は上手く一時には寝れると思ったがスマホを前に考え事をしていると、そして寒さと布団の中の絶妙なあったかさの中で眠るための温度調整が出来なくなった。そして隣人からずっと高い笛のような音が時折聞こえる。上の階のDJの人はちゃんと不動産屋を通してからは時間を守ってその上でやってくれるようになったし、挨拶もしてくれて次第に何か通じて来ている感じがする。ところが隣の人は最初だけ、何か気をきかしたようなことを言ったと思ったら次から挨拶が次第になくなってしまった。おそらくちょっと大変なのだろう、とは知っているものの。もしかしたら別の時間で生活しているのかもしれない。

やっとこの1週間で生活を取り戻そうと掃除もしたりして次の感じへの準備だと思ったのに、風邪ひきたくないな。

昨日映画を1人で観に行った。それはそれはいい時間だった。観客のリテラシーも高い時がたまにあって、映画も良いとき、なかなか至福の時間だ。

でも至福とも違うかもしれない、自分にとって映画は孤独を生きるための必要なガソリンみたいなことなのかもしれない。せめて映画くらいとは、何かの関係でありたいというか、そういう風にして人生を使い過ぎた感じもあるかもしれない、ずいぶん時間が経ってしまった。やれやれ、だ。

またダメなことを考えればきっとコロナの後で、色んな憧れのモチベーションも下がっていったのだと思う。憧れを伴って、キラキラとかも求めての選んだ世界であったはずだが、何か別のことで休んでいるうちに次第にそれを見なくて追わなくなったのか、それともそんなものがやっぱりあんまりダメだと思ったのか、どっちだろう。 だから憧れやキラキラを誘発するものがSNSとかで出回っているが、ほとんどの場合以前よりも効力を持ってないように感じられてしまう。そうするとあとは実際的なことしかなくなる。かつて"夢"とか呼ばれていたようなことは存在してはいるはずなんだが、自分には見えにくくなってしまったのか、

コロナ後の活動では、それでも具体的で実際的なアイディアが出てくるのでそれで対処していた。そして、今その地平でそれで手を動かして出来ているものがあるのだから、そこに未来も含まれているのだから、疑う必要がないのだけど、かつてあった場所にエネルギーがないと感じられてずっとそれは何だろうと探してしまう。



2026年2月18日水曜日

、?".

 今はなんでもかんでもSNSになって、それできっと色んなことがシェア出来るように思えて、でもその人ごとに言えないこととかが一方で強くあって、という状況も多いのじゃないかな。

30代の後半になって生きていて並走する感情のうち、さみしいというかどこへもいけない感じの感情が付き纏ってしまっている。嬉しいことの種類もだんだんと変わっていった。本当に生きてこなかったらわからなかった。感情を生むこの身体も運動の力学も違うことを若い時に想定することが出来ない。

だからこそ同じなのに同じじゃないという考察が出来る、人生が続く面白さなんだろう。

ワイズマンも死んでしまった。新作を見るのが楽しみな監督だった。大木さんは令和という時代を楽しんでいただろうか。でも別にそんなことについての寂しさとかを持ったりするのとはまた別の次元を生きていたはず。 最近、昭和や平成が遠のいていくのがひどく寂しい。心の拠り所にしているのかもしれない。なんかそれは弱くてダメだなぁとも思う。これまでに好きだったことが失われていくことに焦っている、でもそれはやっとその好きに対しての愛とかを示せるやり方なりをやっと理解したり近付いたり出来てきたから、とも言えるのだろうけど、そうなれるのにも時間がかかった。

さみしいのが癒えていく自信がなくなってきた。(ここからが勝負!)

ずっとキラキラした90年代のアメリカとかの映画を観ている。

2026年2月7日土曜日

夢か

 夢とは思わないような夢を見た。つまり夢の中では全く夢だと思わなかったが覚めたらあれは夢だったと当然のように思った。 昔、一目惚れし随分想いを募らせた人がいた。あまりに好きだったが、恋愛のスキルが雑魚に等しく、アプローチが全然うまく出来なかった。にも関わらず、どうにもそういうよくないものを引き当ててしまう癖もあり、なぜか会ってくれるタイミングというのがあった。(自分の方を棚に上げて自分だってクソみたいな振る舞いをしてしまったことはあるのだが、、)

思い返せばそういうのがたくさんだった。自分だけじゃないと思うが、つまり多くの人はある時はクソになるし、ある時はクソをされる側になる、というのがここ数年やっとわかってきたことだ。だからむしろフラットだ、なんていう方が少ないのでは。人は簡単に欲望のためにクソみたいになるんだと思う。


話が変わってしまったが、そうその人が夢の中に久しぶりに出てきたんだった。内容はほとんど忘れてしまったが、少し相変わらず寂しく、そして時間が経ってしまった感じはちゃんと夢でもあった。その感じこそが生きてなきゃないことだし、時間が経ったんだと思った。その時に見た景色のことも覚えている。その景色はやっぱり他の景色とは違うものとして記憶されている。

2026年1月25日日曜日

か!

 さっきまでジムキャリーのケーブルガイを見ていた。電気を消すと急に白かった光の閃光がどこかへ収束するように吸い込まれていった。

そんな中こうして携帯を取りだし文章を書き始める。

BUGで展示をしながらずっと絵のこととかを考えている。本当はBUGの絵を進めながら、家では別の絵を描きためようとしていたがそれが難しい。一月は体調を崩してしまっているのもあるがそれにしても気持ちが中々進まないのだ。変なメカニズムがあるんだろうか。いくらか立てていた目標は(あまり積極的とは言えないが)達成したので1月はもう休みにあてようと思っている。とは言え毎日何かしら少しあるのだけど。

BUGでの展示は、少しだけまだ他で聞いたことのない領域に少し足をかけたはずだ、と思っている。もしそれらが今後チャンスによってはより振り切れるようであれば、ここがどうであれ、閉塞感を勝手に突破出来るような気でいる。周りが感じる閉塞感と僕個人のものの差はあるだろうし、それはどうしようもないのだが。色んなことをサボらなければ、そしてもう少しエンジンやエネルギーが必要だとしたら、今までもっとやっていた、出来ていた物事に感動し、それを自分でやってみる部分とあとは現実的なところでも面白がれるかどうか、だ。

最近、中々色々大変で、どんな風にして、生きていることの意味を保たせればとか、思ったりもするんだが(これは山田玲司とおっくんの会話の中で山田さんはやっぱり元々文化の人だから世界のせいの部分も言ってたがおっくんはいやそんなこと考えない人がいて、普通に生きてる、って話をしてて絶対僕も最近は後者だと思う。んだけど、自分の傾向として、、)そういう中で考えているのは、

学生の頃はエモさが有り余る一方、現実的にクリアすることが本当は流される分大事だと思っていたが、今はどんどん現実的になる、ダンスも踊れば踊るほど現実的になっていく、そして現実的な素晴らしいやりとりにも触れていくから。

でも歌を聞いた時とかに起こる、吹く風とか、な効果が少し弱っていったとしても、だからこそそれらによって生きさせてくれる何かがあるかも、って今思いたいのだ。


2026年1月22日木曜日

よし、

 ということで誕生日を迎え、また一つ歳をとった。全然年齢を気にしてしまう。

誕生日の日、憂鬱な気持ちで自転車を押しているとCHAGE&ASKAのことが頭に浮かんできて、ASKAのことを考えた。きっと、ASKAだったらどんな風に生きるか、と不意に思った。最近なのか、前からなのか、気がついたら自分なりのみじめさみたいなことの直面している時間がちょくちょくあることに気付いた。

そのことを友人に話すと、そんな風には見えないともちろん言われたし"みじめさ"というのも平均的なそれがあって、ある人たちにはしか訪れないようなイメージもあるが、そんなことはなくて、人それぞれの惨めな気持ちというのはそれぞれのレベルでそれぞれにあるんじゃないか。

僕の場合は、最近あまりにもそういう気持ちがここ数年はやってくることが多かったから、ASKAがやってきて、そんなことを鼻で笑い飛ばすみたいなイメージが出てきた。僕だってそんな風に生きれるかもしれない。それはSAY YESが不意に流れ、流れ切る、人生をそれで生き切るみたいなことが出来たら本当にそれはかっこいいと思う。輝いていてね。そういう人がすでに他にもきっと広いからいるだろうけど。

あと、こんなことも思った。僕は意外にやるところはやるけど、やらないところは本当にビビってやらない、そのストックがそれぞれにあると思う。でも思い返して見ると、本当に今更で気付くのが遅かったけど、やってみて後悔していることの方が断然少ないと、思った。その日はすぐには帰らずに回り道をして、そのことは確実に良いことだった。そういう奴のこととかね。よし、

2026年1月15日木曜日

さみしさをつきやぶる石

 京都から帰ってきてもうすぐに東京に染まってしまう。京都では体調を途中崩して、パフォーマンス以外の時間は休息にあてる感じで他の人ともっと交流をしたかったのに残念。だけどそれを上回るくらいに短い時間でも本当にみなさんからの素敵なエネルギーをもらえて充実したものになっていた。

たくさん電動自転車を使って京都市内を移動し、少ないながらもまわった神社や展示などでもらった光とか。体力ある時にすぐにケーキとお茶でも取っておけばよかったと思うし、栄養も意識的に取っておくべきだった。初日に前入りして入ったホテルのテレビで船越桂特集を昔の再放送でやっていて、その時に撮影が捉えた光というのも素晴らしかった。

テレビの流す時間というもの自体の、もの性が、その性格ごと浮き上がって見えた。

そんなんで後半はほとんどホテルのベッドに横になっていて、あんなにもホテルと仲良くなるのも中々ない経験だった。

ずっと体が横になって眺めている景色はなんだか横に流れている海や連なる山のイメージみたいにぐったりと置かれて感じられたままだ。

そしてずいぶん、昔の憧れていた時の京都の記憶がそこにはあった。もう戻らない京都や大阪のそれぞれの記憶の中での京都の憧れみたいな、キラキラした光と風の吹く京都の記憶。

どこかにも書いたけど、その時みたいには感じれないのだけど、今の自分はその時の自分やその時を思い出すことと一緒にいれるということが出来るんだ人生は、と思った。そういう風なことも積み重なっていく。死ぬまではそれらを連れて行ったり、もしかしたら忘れたりするんだろう。

最近、どんどん自分の中での昭和が消えていく、少しずつ色んなことが手を振ってさようなら、といなくなってしまう。小さい時に親しんだものや、作品だとか音楽だとか人だとか。昭和をギリギリ生きていたし、平成はその後だったからそのながらの中を生きていた。世界は大変な一方だけど、これはこれで寂しい、すーっと少しずつ色んなものがここから去っていく。人間は勝手なもので、人が死んだり、何かがなくなったりも、単線で繋がっているわけじゃないみたいにして、変な回路でのそれの気もする。全く勝手な寂しがりがやってきてるわけだけど。

僕もしっかり本当に宇宙にまで届くような電報を打って、せめて寂しさを突き破れないかな。

2026年1月7日水曜日

京都

 僕は今、京都にいて少し前乗りしたホテルが思ったよりも良くて早く寝ようと思ったけど絵が盛り上がってこの時間になった。 少し今年はお酒を毎日飲まなくてもいいかもしれない、アルコール中毒にはほど遠いが考えてみればもしお酒を飲まずに晩御飯からのぐたった流れを抑止することが出来ていたら描かれていた絵や読まれていた本などがあったかもしれない、と今更思った。それは悲しいので、そのことをどうか考えてみてください。

ホテルに辿り着くと船越桂さんのテレビを再放送でやっていた。1993年だ。クロスロードをミスチルが発表した年。彼が42歳というのでそうか、彼は村上龍や坂本龍一と近い年だったんだ。最近、昭和や平成が失われるような怖さがあって、昔のものを改めて摂取しようとしているのかもしれない。

テレビがその時代の空気を掴んでいて、撮影のことを虫取りみたいだと思った。

一通り終えてベッドに倒れ込むと、ここはかつて普通にマンションのひと部屋だったようなホテルの部屋で、2つベットがあるのに1人しかいないことを寂しく思えた。20代であればそうは思わなかったはずだ。ただベットは一つよりは2つ、2つよりは3つあるだけ楽しいと考えていたような気がする。

京都駅に辿り着き、美しい京都タワーを見上げて、あの頃は京都に憧れを持っていたのを思い出した。

寂しい気がするが、20歳くらいの自分と一緒に来てる感じもする。

2026年1月1日木曜日

20260101

 海まで走ろうかと思ったが最近の体力や調整を考えて難しそうだと思って行けるところまでいったら引き返してくることにした。川沿いを初めて走ってみると真っ暗に近いところがいくつもあり、人工の工場や会社の建物と生い茂った緑が混ざり合う景観に出会し、適当な街灯のあかりや地面の砂利が相まって意識を明瞭にして走ることが難しく、感覚を揺さぶられる身体的負荷の面白ささえあった。何かを見ようとか得ようとか感覚を研ぎ澄ませよう、とかいう力が働く感じは久しぶりだった。

コンビニでトイレを借りオロナミンCを買い、店員のおじいさんに道を聞いた。おじいさんは話しかけると優しく、チャーミングでもあった。1月1日から働く彼は一体どんな人生を過ごしてきたのだろう、と勝手に想像しようとする。

走りながら今年のこと、将来や未来、本当に私がやりたいことなどを考え整理しようと思っていたのに中々難しかった。得れたことの多くは走った、ということだと思う。それでもいつも思うのは正月の静けさの中を走れることが出来る。いつもの東京に比べて静かな東京を過ごすことが出来る。この静けさの美しさは他に変え難いと思う。うるさくて忙しいのを知っている分、まるでみんなで行うパフォーマンスみたいだ。謎に揃ってしまったような。霊的な美しさがある。

1月に38才を迎える。今考えると二つのことが浮かんだ。年をとって良いことは走りながらも思っていたことだけど、いくつも思い出のレイヤーが増え、それを重ね見れることだ。あの時の、あの時の、で場所の意味が変わってくる。悲しいことも楽しいことも。10年前と違う見方で観れるし、10年前の見方のことも眼差している。 悪かったことは、38才であればそれまでの過去の中で想像していた38才像と現実の違いに打ちひしがれることだ。もし30才であればそれまでに想像していた像だけど、そして20才であればそれまでに想像して像。でも37年分で想像していた像と比べてしまうことの辛さがある。もしかしたらそこからの解放という大転換点も人生にはあるのかもしれないが。


実家でとっておいたというテレビ番組をいくつか見せてもらう中で子供たちの生きるをテーマにした大阪の学校の取り組みが紹介されるものがあった。その中で子どもたちの話を聞いていると、どうしても泣いてしまってダメだった。昔はきっと泣かなかったのに。すごい先生たちがいるんだと思った。子供との関わりが増えたのもあるかもしれない。ある時は大事に思おうと思ったり、ある時はめんどくさくなったり、こっちの調子もあるからその上で対応する。でもその対応の幅は、大人と接する時以上に振れ幅がすごい。たぶん、こっちも色んな気を使っているんだろう、自分の中の子供を呼び出しながら翻弄され対応もしているんだと思う。そのことによって取り戻される何かや、突きつけられる何かがある。 逆にじゃあ、大人とはなんでそんなふうに付き合えなくなったんだろう。

その後は老人たちも子供たちもその辺の人たちも集まる施設のテレビを見て、バランスをとろうとした。

生きていくのは大変だ。夜の郊外を走りながら案の定、ベンチで休むホームレスの人を見かけた。わからないけど、誰とも話したくない関係を持ちたくないくらいに疲れることってあると思った。それでも生きているには、いちど外れたりというのもそれはそれで大変そうだけど、そのようにするというのもあるかもしれない。

でも人とのやりとりの面白さは本当にある。人と接しているとまるで形が無限に変化するみたいに何かが動いているから。疲れようがなんだろうが、それでも動くと互いが動き合っていたところから人が始まってる気がするから。