2025年9月2日火曜日

thank youと英語

久しぶりに英語をよく話した。本当は8月、9月は渡仏に向けての英語月間だったんだけど予定を組むことも身体をそちらに向けることも叶わなかった。ギリギリのところで身体を壊すくらいに。でももしかしたら乗り切れたのかもしれないね、人生は、さ。
英語を喋りながら色んな表情が自分にも出てくるのがわかってそれが嬉しかった。自分に驚くことが出来て、それは楽しい。

子どもたちとのやりとりも久しぶりで楽しかった。彼らとは大人同士だともう中々叶わないやりとりをもう一度出来るような気分がある。その胸を借りてやっているだけかもしれない。言葉以外の合図とか、少し適当なところとか、あるいは真剣なところが大人とはまた違うところにあるから。

2025年9月1日月曜日

川崎の子

 お腹が痛い。一昨日の夜に眠る前にだいぶ疲れている感じがあり、案の定昨日の朝起きるとお腹が痛く、体の節々も痛くて若干風邪のような、でもお腹が痛まない時間は動ける、みたいな感じ。運動はあんまり出来ず、しかし太陽にはあたりたいので時間をかけてでも外に行って少しはいつものワークに取り組んだのが昨日と今日。休めってことかな、と今日もお昼くらいまでは布団の上でぐーたら。明日には治っててほしい。

今日は後輩に誘われて下北沢でストレートプレイの演劇を観た。そしてそのあとで銀河くんの久しぶりのライブをライブハウスで見た。なんて懐かしい場所なんだろう、帰り道にはあのファーストキッチンがまだ健在だった。あの時、川崎の方の高校生たちとかと打ち上げをしたのだった、ちょっとデートとかしたあの女の子、可愛かったのにな。そんなことを思い出した。もう20年よりも前だ。あの子はきっとギャルママにでもなって愛に溢れた人を生きてるかもしれない。

下北沢を堪能した夜。全く思いがけない。

2025年8月20日水曜日

秋寝田新

歩きながら興奮していることに気付いて、その興奮を使って色々考えれていなかったことを猛スピードで取り戻そうとエネルギーを使ってると気付いた。それは秋田での明日から数日での企画などのことで、もっと前から準備して少しずつエネルギーを使って合わせるように上がっていければ良かったのかもしれない。そうじゃないとやっぱりその興奮がずっと1日のてっぺんまで変に作用しちゃってそれで眠れなくなっちゃうんだとも気付いた。腎臓の本を読みながらまさかそのことにも触れられるとは思ってなかったから、確かに繋がっていないわけがない。
母の入院があってから人にリハビリをすすめる立場としては自分でも言われたことをしないと公平じゃないと腎臓の本をついに読み始めた。もちろんつまらないわけがない、時間を作っていなかっただけだ。この時間が出発になって食事のことや身体の別の部分にまで伸びていくといいな。身体のことを勉強したいのは、自分の身体への理解もあるが、それよりはやはりその高齢の親なり他の高齢の方なりに身体で対応してみたいというのがあるからだ、今は感覚的な部分も多く、それだと信用にかけるとも思うのだ。
変な話だが以前、銀杏boyzのライブというのはきっとライブハウスの中でのエネルギーを交換し合うような、そういうパンクに強い関心があった。生命にも向かうようなエネルギー。それは舞台でもそうだ。
しかし時が経って今僕が考えてしまうのはダンスにせよ歌とか音とかにせよ、人に向けて投げかけれることでそうすると投げかけられた方は何かしらを感じとらざるをえない、ということで、ケンカにも言えるが吹っ掛けるとイラっとするにせよエネルギーの交換がある、逆に言うとそこで初めて自分のエネルギーに気付いたり、いい関係ではないにせよ、エネルギーが持ち直すみたいなことがある気がしていて、この可能性に掛けたいという気持ちが強くなっている。
だから1人になっている人とかに何か投げかけるようなことを、どうしたらエネルギーのある人がしていけるか、そしてまた活発に人間同士がコミュニケーションを交わし合えるか、これは昔見ていた青春映画と一緒だね、と半分ジョークで言うと新潟でパクくんが本当にそうだ、と強く言われて僕はむしろ慌ててしまった。腹がまだくくれていなかったんだと思う。
新潟から入るこの旅のおともに俳句の句集の他に腎臓の本や読みきってなかった猪瀬さんの戦争の本、そしてプレーンソングと谷川さんの十八歳。日本語のヒントを探して連れてきた。新潟から秋田に向かう、にかほにピッタリの本だったと思う。1950年と書かれたページと僕の小さい頃の90年代の新潟の日本海の景色は少しその間を狭めるように思う。なぜだろう、東京よりは田舎の方が過去に近付く。ひょっとして異世界をすでに感じ始める。そういう感覚があるのかもしれないよ、同じ時代を生きてそうで場所によっては時間の感覚などが違うというラインが走っている可能性さえ。そのことはどう書くのがいいかわからないことだから、きっと感覚的にある人にはあるとかそういうレベルで、、、それは書いてみて思ったことだ。書くというのはすごいなぁ、どこに行くんだ。

こないだ寝れない時に、なぜ普段のイライラした人の悪口を回復のために口走りながら、その横ではそれがうるさくて眠れない人がいることを想像するのをやめてしまう。だから、あんまりひどく長かったら言いにいこうと思いつつ、それでもすでに我慢できなくて布団の上からヒーヒー言っていたのは聞こえていたのかわからないけど。相手が大丈夫と思い、悪口を続ける。案の定、そのいなくなった後も結局僕は眠れないわけなんだけども。なるべく人の悪口は聞きたくないとしたら松井選手は本当に本当にすごい。

最近は何をみてもほとんどいい名前やタイトルを日本語で見つけない、と思うことのが多い。時代もあるんだろうか。英語の世界はどうだろう?とか思いながら。それでもこの言語の歴史が最近はめちゃ尊いので、一周回ってそう見えるだけで信じて付けよう、という気持ちでもある。

2025年8月13日水曜日

 ここ数日は休みのような日が続いた。今年はなんだかんだでそういう日が結構ある、作ったというか、作れたというか。来年はどうなるかわからないけども。

久しぶりに小さな怪我をしてしまったので今週ストリートしたかったけど中止にしよう。色んな人が来るようになって最近、場所みたいな感じもあったのだけどすいません。

なんというか現実的なアイディアと空想的なアイディアの両輪があってエネルギーにそれらがなったりしていたんだけど、歳を重ねるごとにどんどん現実的なアイディアの方に寄ってしまってまぁまぁしか面白くない、と思ってる。社会的にまぁわかるアイディア、対応しているところもあるアイディアという感じだ。そうじゃなくてそれどうやるの?とか、もっと社会的とかではない魔法のような世界の空想を思い浮かべていたあれらはどこへ行ったのか。それらはなくなってはいなくてかすかに思い出される時がやってくる。そのための繊細な準備というのもあると思う。もう少しそういうやつもだ。それはなんのためにだろう?生きていてどこかに行けるかもしれないって思うのは、ここを生きることだけでなく生きていて何かそういうことに出会って生まれたことだから、きっと大切にしたいんじゃないか。


映画のスーパーマンを観に行く。そうか、スーパーマンは飛びながらキスができるんだと思った。スーパーマンが空高く飛んでいって宇宙に近づいてからあり返して地面に向かって惑星のように落下していく、といのがただ単に上昇と落下の景色が広がってほんとに美しいと思った。空を飛ぶこと。

2025年8月2日土曜日

時間がすすみ

昨日、今日と肉体労働を久しぶりに入れた。本当に気休めみたいに登録して果たしてどうだろう?と思うのだけど、他とは違う居心地がある。誰も自分を知らない中で働く。

窓の向こうが強い風や雨の打つ音が聞こえる。でも窓を開けておく。なんだか半分外で寝てるみたいだ。そういえばバンコクで篠田さんの家にレジデンスした時のことを思い出した。コロナによって状況が変わったというのを自分のキャリアを思い出しても考えるかど、そういうことも想像せざるをえない。

生徒さんから教えてもらって改めて海の上のピアニストの映画を見直した。15年以上前に見ていた。全然覚えてなかったなー。そしてとても色んなことを積極的に試している映画だとも思った。

それからニューシネマパラダイスのことをそこから思い出した。考えてみればどんな事があってもそれは映画の途中なんだ、と以前から思っていた、だからいつも風が吹き抜ける只中を生きていたのを思い出した。人生が終わりだなんて、なんてことを思ったのだろう。また煌めくような気持ちもきっとその風にポイントを与えるね、

今日は本当に馬鹿みたいにSNSに流れてくるバカバカしい映像をたくさん見た。2時間とかもゴミみたいに過ごしたんだwそれにしてもSNSはキラキラはキラキラでも現実的な良さや限りを伝えてくる、けど、現実を生きるのは生き残るためにとても大事だけど、その外側にもっと違うところを生きることの、あの、最高の見晴らし、素晴らしいところの、風景のことを思い出そうっと。

なんかパイナップル、みたいにジューシーな、我々がいてラッキー、

色んな時間が進んでいく

2025年7月24日木曜日

やりふれる

今日こそは全然寝れると思って横になって本を読みながらうとうとしてきて、これが睡眠のトンネルだと思ったのにまるでトンネルがすぐに崩れてしまって、それで眠気が壊れてしまった。こうなると眠れない。全くどういう構造になっているというのだ。

フランスチームの中では、2人くらいのダンサーがそれぞれに睡眠のオーガニックの薬など飲んだりして調整しているって言っていた。あんまり眠れないならそれをしてもいいんだけど、そこまででもない。朝方にすればいいのかな、、すると夜の活動がやれなくなる、、、

むずい。

今日は人生に焦った。最近、色々元気かもしれない。夏とかもなんか久しぶりにあれや、これやしたい、みたいな気持ち。人生に焦ったのも、なんというかやれてないことがドバッとやってきて、それでだ。何もすることがない、から、何かしたいことがあったことに気付いてきてる。

と言いつつ、先崎さんのトークの中で自己啓発本の話になって、あれはアメリカの哲学で、西洋とも日本とも違うみたいな話。つまり、そういうマインド自体の輸入みたいなことを言っていて、そういう意味ではたくさんのアメリカ映画に育てられてきた部分もあると自覚的に言ってきた自分は、やはり元々はなかったものをそのアメリカ映画のエネルギーを頼りにしてそれで成してきたことがあったし、自覚もあったといえる。さて、それらとの付き合いのこと、か。

でもこの先はまぁ無視してもいい?いやいや、一緒に生きてる?の社会というものも含めての考えで、だ。

2025年7月12日土曜日

本当に

 明日は二つのショーだ。鬼門です!

ここ最近は本当に数公演を乗り切れるかどうか、満身創痍の気持ちでいることが増えてる。そういえば以前は体力があり、気力もまた向かっていく気持ちでありながら、別のことを考えるようなスタンスも併せ持っていて、本番を行いながらも別のこともしていくような未来を想像していた。

しかしこうして実際に年齢を重ね、体力も落ちたくさんの舞台や本番やライブをしていく中で挑み方も価値観も変化していく中で、全くそんな以前描いていたようなやり方でやることはほとんど実際は難しいのでは、と年々なっていってる。

今となって、本番が大変な身としてはどのように"この人"と付き合っていくか、みたいなそんな心持ちである、まったく。

フランスがとにかく心配の前に、あと3回がとにかく心配。