2026年9月6日日曜日

無限子

ストレンジャーシングスの中で子供同士の友情が描かれる。自分は"男の子"だった、それでそのドラマのあるシーンを見て急に思い出されることがあった。小さい頃、1番の親友だった2人が離れて久しぶりの再開を果たし、互いの友情のギクシャクを感じ、再び友情を思い出すシーンがあった。

保育園や小学生に上がるくらいの時、公園とかで知らない子と仲良くなり友達になった時の喜びのことを覚えている。友達を作るということは本当に明るい光で、見たことないが始まるわくわくに溢れていた。それはそれまでの"人生".と全く違うものだった。中学生の頃、ロードオブザリングを一年生の時に見たのが分かれ目だったと思う。それまで小学生の頃は、たとえばゲームとかの空想の世界と今一緒に遊んでいる友達たちとの世界は一緒だった。一緒にどこまでもいくようなイメージがあった、期待があった。現実から山までも一緒に冒険をするようなつもりで友達だったと思う。

そのことを思い出した。何度も確認する必要がえるはずだが、大人の世界だけが世界や人生や宇宙では決していない。ずっと見えなくなっていた世界があったのを忘れていたみたいだ。 アメリカの映画やドラマはそのことに関しては積極的にいつも取り上げてきたように思う。

そして"男の子"で、そういう時間のことを覚えていて、そこから大人にいつのまにかなって、そのことはほとんど遠いことのようにして多くの大人がいる、というのは一体どういうことなんだろう、この世の大きな不思議の一つだと思う。銀河鉄道の夜、の世界観というのはそういうことも扱っているんだと思った。



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