2021年10月7日木曜日

 Ostrichの初日が終わったけどあんまりその感じがしなくて明日も劇場に行き稽古し調整し本番中もそこで参加するお客さんと一緒に調整しようとする、というのが上演という気がする。

僕がいわゆるダンスの現場ばかりにいたわけじゃなくどっちかと言えば演劇での小屋入りの方が数えたら多くなってるかもしれないからかそこで育てられた何か基準みたいのはありそう。

とにかく1日目。このチームで作れることがうれしい。率直に。文化祭に参加するのが好きだった高校生の頃、そのことを思い出す。ずっとまだその時間が好きだし、その時に過ごした人とのことも思い出す。

本番を通して観客の人が入ってくるということがいつからかその瞬間だけ作ることに参加することだと思うようになったんだ。 

大塚はいい街で日に日に好きになる、池袋より好きになっちゃいそう。大塚の街の話し始め方が好きだ。どのように話し始めるかがいいなぁと思う、憧れも入っている。

あと2日、ともかく卵をあたためるように、それまでは熱くやろう。

2021年9月21日火曜日

思うをできる

 信じられないことに、とても信じがたいことにこんなに疲れているのにやはり例によって眠れない。明日からそのまま空港から稽古だというのに困った。

ここ一年くらいか疲れているのに眠れないという事態が生じやすくなったように思う。コロナのせいなのか、年齢のせいなのか。考えてしまう。

直前まで眠たい頭を起こし作業に取り組んでいたからなのか、眠りにつくことが出来ない。この作業中の中で昼寝がてら10分横になるということさえ組み込んだ時間もあったのに!よし寝るぞと準備をし布団に入ったら肝心の眠るに入っていくことが出来ない。

ホテルの引き出しに睡眠薬でも、、、あるわけがない。飛行機の中では寝てしまうだろう、機内でしたかった考え事も進めたかった仕事もお預けだ。悲しい。

夢の中に入れなかったことでダメージを受けるのはむしろ現実の方で、現実の方でやっつけれていない仕事の方で出来ない時間が蓄積されそのストレスの方が溜まっていく。 悪い循環だ。考えなきゃいけない。いや、考えない方がいいのかもしれない。かっこ悪い悩みだ、スムースじゃない、全然スムースクリミナルじゃない。そういうところが我ながらある、けどそんなイメージは外側からは持たれていないかもしれない。そう思うとそっち側から変えられて裏返るということもあるなぁ。

裏返るといえばリバーシブル。先日飛行機の上から見渡した街の映像があったと思えば今日は地上からフェニックスの形をした空を撮影した。スケールが行き来する。Tシャツを羽織る時、一瞬目の前が見えなくなって覆い隠されて、私たちはどこかへ行ってすぐに戻って来ている。それとももしかしたら裏返された世界は全く違う世界を着てしまっているのかもしれない。

Tシャツ逆だよ、と言う友達の世界が反転せよ、という合図かもしれない、と思う時。私たちは背中を合わせて裏側をアクションする一瞬の身振り。

小節の中で辿り着く新しいイデアに

接続詞で終わっても。はつけない。

。をつけずに空白に接続せよ、と思う

この広がる白に接続せよ、と思う

願うまでは行かない、思う、ということなら私の中でやれそうだから。ダンスをするくらい簡単に私の中で願うより思うはやれることとしてあるんだ。そのことが美しいと思う。やれることはそんなに多くないけど、この小さなやれることが愛おしい。アリに出来ることが少ないみたいに人に出来ることも少ない、けどきっとそれでアリ達は話せるみたいに私たちもいれる、と思う。思うは今強い。



2021年9月5日日曜日

ぬくもる

 信じられなことに一瞬で眠れなくなってしまった。今日は早起きでずっと1日通して眠くて、なんならそういう時は油断すると体調を崩しかねないそういう危ういバランスを我ながら感じつつ乗り切る。乗り切りやっとたどり着いた就寝なのに、なんてことだろう、眠れなくなってしまった。 困った。 体力を回復しなかったらどうしよう。 そういえばこの9月を面白く乗り越えられるんだろうか、という不安があってそれは、いくつかのプロジェクトが重なってあるのにそこがぼんやりしていてフォーカスが定まっていない感じがある。このままほとんどのプロジェクトを面白く出来なかったとしたらという不安がある。 そのためにも明日を体力十分で迎えることはかなり重要なのだ、、そのことを考えると余計に頭が焦る。 このことはコロナ前からあった気がするが、もう少し調整が可能だった気がする。

そういえばこうして眠れない時は掛け布団を部分的にかけたり外したりするためか、冷えてるとこやあたためられた部分があることに気付き、ひんやりさせたいところにはまだ冷えてる部分のある掛け布団をもってきてあてたり、そういう風にして使うというのはずーっと前からやってきたことだと思うが、それは少し掛け布団を生きているように扱うみたいだな、とか思う。 ぬくもり。 ぬくもる。

ぬくもる、なんて動詞はないが思わず動詞化させようとしたり、、



2021年9月3日金曜日

秋の前

 この家で夜にゴミを出しに行くとすればほとんど深夜で、あまりひと通りもない。そうするとふわっとした空気が流れていて、木の揺れる音や照明の光、その辺の家の側面、そっちに伸びる道路とかの真ん中に私が立つ。向かいの家はどうやら3F建てみたいなんだけど、昔ながらの日本の家って感じでたくさんの植物が少しだけ飛び出すように生えている。これらをこの空気の流れがある中で見たり、見上げている時間がとっても好きだ。ゴミ出しが私を解放するみたいな。

逆に言うと夜帰ってからの家での過ごし方がうまく回ってないなぁと感じることの方が多い。ぼんやり携帯を片手に1時間過ぎてしまって慌ててなんてことがよくある。どうしちゃったんだろう、やることたくさんあるのに。 最近は改めて何かを練習する時間を意識的に用意出来るようになろうとしていたことを思い出したりしていて、出来ればもう一回そういう風に生活を立て直し、目標に近付きたいなぁと自分の中で思っています。

季節はすっかり秋になりそう。 

2021年8月24日火曜日

不思議な8月

 不思議な8月を過ごしている。昨年とはまた違う。日本に関して言えばそれぞれが全然違う時間を過ごしているように感じられる。海外を入れればもっとかもしれない。SNSを通して何か過ごした時が修正、整理され集まり直されるような効果を作ることが出来ていた気がするのだけど、違う時間をきっと見てるような気がする。


その外で過ごす時間が充実しているというか、友達たちのおかげで確認出来ていることがあるなぁって。ならそれをもう少しシェア出来るようなことも考えなければ、と今度はSNSでの人の発言などを見ていて慌てて思うのだった。

今日はオストリッチのミーティング。まだみんな低空飛行な感じする、だって今年は昨年よりそれぞれにやることがほかにあるような気がしている。だけれども気を引き締めて取り組まねば。 このオストリッチのミーティングは、いつのまにか泣きそうになる瞬間があったことを思い出した。全部を言えるわけじゃない、限られた時間と空間が集約されたzoomというメディアを通したアクティビティだから。それぞれメンバーが集まるとそれぞれの役割というのがあって、誰かは誰かにシンパシーを抱いて、とかそういう線が少し想像される気がしてうれしいのだった。再演、頑張りたい。

昨日はwwfesの会議で広太さんは厳しい顔をしてミーティングに参加していたように思う。誰よりも早く整理されたプログラムを用意し、全体に関して危機感を抱いている。このプロジェクト、失敗は出来ないよ、って。第一線で誰よりも活躍してきた、誰よりも先にダンスの概念や物理的な衝撃を世界中でプレゼンしてきた人なのに。

そういうそれぞれの状況が始まりつつある中で、やっぱしwater boysのドラマを見ると泣いてしまって。それで、自身に出来うることをもう一回検討したいと思うんだった。人生で出来ること。

少しずつ生活から改善したい、、

どうかな、

2021年7月31日土曜日

ねむれないにつかまるよる

 眠れない捕まってしまった。朝早い日に限ってうまく寝るための何かを少しでも怠るとつかまりやすくなってしまうみたいに。

今住んでる街はいつか形容するならこうだと考えているあてたい言い回しがあってそれは、小さい頃に全部の電気を消すのは怖いのでせめて豆電球をつけたままか、部屋のドアをあけたまま階段の電気がこぼれて入るようにしていたことがあって、その色のような、真っ暗にはしないで豆電球だけつけておくような夜を迎える街なんだ。それは都心の隣にあるということなのかもしれない。ここには昔から住んでいた人と思しき老人たちやその家族と最近になって新しく入ってきたような人が見受けられるように思う。駅前のスタバなんかでの人の行き来を見ていると。

日本はそういった地域のことに力を入れてきたのかというとそうでもないような気がする。というのは自分の身を振り返ってそう思うし、ハードルの高さを感じる。それは自分の責任としても感じるべきことのようにも思う。

夏に読み切りたい本が5冊もある。ここ数年読むスピードも読むのに充てる時間もめっきり減っているので自信ないけど、読みたい興奮には包まれている。

apafのリハーサルも始まった。だんだんと少しずつあたたまってはきている、けど昨年のようなモチベーションを果たしてどう作れるかなって心配があったけど今日の稽古は良かった。これは引き続き想像力にかかっている、どのようにしてそれが成し遂げられるか、をギリギリまで考えること。もしそれが出来るなら作品は出来る、、というかなんというか少しでもチームが良くなっていける、ということなんだと思う。そしてチームとは広い意味でだ。チームを広くとらえようとすることだ。

ウォーターボーイズのドラマを見ている。18年前に放送されていたんだね。 青春のきらめきとプールのきらめきが重なって目に映り込み涙が出てくる。彼らが口にする今しかない、ということや、やらなければ過ぎ去ってしまうことへの眼差しを見ていると自分の目にそれが移ってきてどうしたっていられなくなる。高校生の頃、もちろん現実を前にあんなロマンチックな横顔をその都度していたわけじゃなくてただ、目の前のことに出来ることを現実的に取り組んでいた。(と思う。実際はむさ苦しく勘違い野郎みたいだったかも)

その走っていたことにやっと気付いたのは卒業式の次の日の朝ごはんを食べていた時だったのを覚えている。今日はもう学校に行かないということに遅く起きてスパゲッティを食べている時に急に涙が出て来たのだった。

これからの学校や青春さえコロナなどをきっかけに変化していくかもしれない、きっと問題点も多くあるだろうし。そうすると今までのような時の追いかけ方とは変わっていくのかもしれない。そういえば昨年、その舞台が終わってチームみんなでやはり画面上で顔合わせた時だったか、それともメインチームだけの集まりの時だったか、似たような感情に包まれていたんだった。

現実とそういった感情との関係は全然まだわからないことばかりだ。けどもう一回ドラマを見返しながら、胸を熱くして今度はどういうことを考えれるか、人と生きようと出来るか、努力出来るかとか、なんかそういう気分が見ている最中は起きてくる。

33歳なんだけど、もっと複雑に考えよう。100歳まで生きるとしたらもっと複雑に考えていくべきだ。(そこから考えるとやはり高校や青春映画っていうのもあまりにも限定的過ぎる話でもあるな!汗)

描いてしまいがちなのが20〜30代と偏りがあるから(人口割合のせいももちろん今まではあったろう)、多くの人は老人までいる状態での国のあり方を考えれてないというのがあるかもな。


2021年7月25日日曜日

約束

 ずっと頭の中をレスターがほんのり流れていって。たまに自分でも練習っていってギターを片手に歌う。口ずさみもする。レスターをよく聞いていたのは大学生の頃だ。夕方に目覚めて大学に向かう時間と歌詞の中の夕方4時が近い時間を示すために、引力のようなもので引き合った結果だろうか。

彼にとってのレスターのような曲を作ることが出来ないか、そう考えている。何かが待っているような気がして、それでそのことが作れるんだという気分を作っている。

色んなことに待ってもらっているような感じがある。待っているそこに向けて様々な準備に時間がかかっているという感じ。

歌が待っているみたいな感覚。

淡い約束をどこかで交わしたような感覚。生きているうちにそのしたかも定かじゃないような約束、確か待っていてくれてるはずというようなものに向かって進む時間や気持ちを忘れないように。