2024年1月30日火曜日

なんでも

 2024年が始まった。今年は辰年だから年男だ。大吉だったし、いいことがありそう。 昨年は本当に忙しくて数えたら合計で100日は東京にいなかったことになる。ひぇー。後半はあまりに忙しかったため、バイトにもほとんど入れなかったから1つの目安でもあったバイトなしでの活動タームに4月までには入れるのでは、と勘ぐっていたものの12月いっぱいで仕事が入らなくなってしまい、いきなりここ数年で最もピンチというか焦りの時期に入った。

昨年は忙しかったけど精神的にも色々としんどいと感じる時間も長かったり、人に助けてもらいながらも自分の時間を十分に確保することも一方で難しいというバランスの中でなんとか乗り切ったという気でいた。甘かった。色々甘かった。ということで白紙で始まる2024年だからこそ大吉だと思おう。

なんでもない自分から始めるような気持ちで、、

友達にリスクヘッジくそやろうと言われるくらいに色々先回りして考えていつもやっていたのがここ数年の隙をそのままにしてたツケが回ってきている感じしてとても焦るし、悲しいところもある。

幸せになんだかんだ自分はずっとなりたいと思って生きていたんだと思う。でも知り合いのアーティストの話で、幸せなんてとっくの昔にどこか、って聞いて確かに幸せを放棄する生き方もあるだろう、と思った。それに今日帰ってくるとなんかキツイなぁとか思って、でもこの感じからどうしたって解放されることも自分はないんじゃないだろうか、と思った。何か素晴らしく幸せでずっと自分を安定の幸せの中に置いてくれる何かなんてイメージとしてそもそも現れそうになくないかい?ということが頭に出ていた。

とりあえずドラゴンだ。なんでもやろう。

2024年1月6日土曜日

色々

 昨年は絶不調だったかもしれない。何かをするモチベーションのありかが迷子になってしまっていた。だから何かをするにせよ、深いところから水を汲んで来れないような、そういうガシッとした感じがなかった。なんとかこれまでの経験とかで応答していたような気がする。だから何かこれをしなきゃ、と夜中とかに思い立つ、その根拠のないかのように見えたそのとっかかりの切実さみたいのがほとんど感じられず別のことに悩まされていたんだと思う。

たとえば自分は踊るために踊りをしていない、とりあえず踊っておくし、とりあえず走っておく、とりあえずとにかく書いていって、描いていって、歩きに出かける、見る、読むをとりあえずやって、人にもとりあえず話しかける、とりあえず知らない世界をもう少し覗こうとする、とかしていくと互いに反応し合ったりしてヒントみたいなものに出会える。これをやりきることでこれを達成するではなくて、全てが緩やかにつながっていく気がする、というささやかな感じを頼りに始まる。だからこれだけだとうまくいかない。世界が開いていないとうまくいかない。世界が広いことに対して適当な想像力をあてることで始めようとすることで風穴が開くとか、とりあえずその風穴から風は通っていることを考えたりだとかしていく。 すごく今多分年齢に焦っている。身体も動かなくなってきているのを感じたり。でもその事実は動かせない、そ!でも動く時間を作ったりじゃあそれに応じて別のことをする、もしかしたら互いにそれが引っ張り合うかも、を想像し取り組む。それくらいしかできることがない。悲しまない、楽しむ。明日も色々やろう。

2024年1月1日月曜日

ランニング

 東京タワーまでランニングと思ったけど出発も遅く、途中で折り返してしまった。10kmちょっと。久しぶりの年越しランニング。 都会の真ん中ではなくその周辺を走っていた感じ。みんなが幸せそうに見える、とか思った瞬間、じゃあパレスチナやウクライナの状況を想像してみる。そうも言っていられない。

走ることである程度体を動かせば払拭されるものがあると思う。コスパは悪いのか、良いのかわからないけど今年はこういうのが大事になってくるかも。

帰ってたくさんのアイスやシュークリームやビールを飲んで食べた。ミスタービーンの映像を見ながら。

なんというか東京に帰ってきて疲れるなぁ。こんな想いはほとんど持ったことないけど。疲れている。うまく話せる自信がない。

中学の同窓会で20年ぶりくらいに集まったんだと思う。みんな少し年取ったかなと思ったけど時間を過ごすと昔のことが思い出される。みんなに許されていたんだなぁとも思ったし、やっぱりそこにずっとはいられなかったから別のところへ行ったんだと思う。

大人になってもそういう感じが出てくる。

にしたってみんな結婚したり家買ったり子供もいたり、そういう人が多くてすごい。

ずいぶん色々疲れたけど、走っている中で都会の方とか回ってもやっぱり都会が踊っている、みたいな感じは全然しなかったかも。都市によって違うだろうけど。そのことについての考察を走りながら出来たら面白そう。

2023年12月3日日曜日

書く壁

 また眠れない。本当に困った。寝る前に頭が活発になると眠れないのか、随分今日だって体いっぱい動かして疲れたのだけど。

ひどい。村上春樹くらい生産性のない話だ。いつからかネガティブな意味での村上春樹を言うことの方が多くなった。そんな悪いところだけじゃないし。たくさん読んだし今も読みたくなる。こないだは舞台を見た、隣の観客は品の良い涙を流していたけどその理由は知る由もない。 しかしこれを今ここでやる理由はなんだろう、とか考えちゃうけど、そんなことを言ったらパレスチナを攻撃する現在のイスラエルの世界的状況に対してなんと言えるだろう。正義とかこの方が良い、やるべきだ、みたいな方向性でめっきり世界は動いたりしないと示しているような世界に生きるようになってしまった。もう少し若かったら直感が動いて行動が動いて言葉が動いて、どこかへなにかをどういう風にしてかできる自分がそこにいるんだろうか。

振り返るといつもやめたり追い出されたりし続けてきた感じがする。途中まではそこにいていなくなるということ、初めから知ってるわけじゃないけども、それでもなんかスパイみたいな居心地。

もう結構生きてきたけど35年、でも本当に100年生きるなら半分も行ってないけど、こういうことをそもそも75歳になったら言わなくなるかも。身体も思考も変わって。こういうのを書くようになったのもたぶんまだ20年くらいだし、。結構生きてきて、中々そうも言ってられないとか続きを書こうとしたけどその75年の変化を想像すると全然惨めとかそういうんじゃない気分が作れるかも。文字を書き進めたためにそういうことが起きていく。

全然なんでも大丈夫かもしれない。

自分の惨めさを文章にして書く時、そこに文字の壁が現れてその壁に寄りかかれるという時間が生じるみたいだ。

なんというか、ここには誰もいないのかもしれない。

2023年11月28日火曜日

風を待つ

 東京に戻ってきた。帰ってくるとなぜ、ここにいるんだろうという気持ちになる。なぜ、あのまま韓国でなく台湾でなく秋田でなく名古屋でないのか。

またしても眠れない。最近の自分の成果はこの眠れないことを書くくらいしかないのでは、と思う。段々といくらか文脈を共有した周りの世界との距離が今は色々あってきつく感じられる。 鬱の人の声のパターンは数種類しかなく、その声に耳をすませるとただ体を持っていかれるというようことを坂口恭平が言っていた。元気な人の声というのは逆に無数にパターンがあるとかいう。なんていうことだろう。

今年は本に書かれたテキストこそが自分を最も興奮させる芸術の一つだったように感じられる。坂口恭平の話も面白かった。あれは昨年か今年か。それはテキストではなく今まさに喋られる言葉と音楽だった。言葉を放つための準備と実践があり、音楽は別にそれを聴くためでなくあなたがやってください。ということだったと思う。 基本的には自分も今は民衆の解放のような気がする、これは広太さんも言っていたエントロピーだっけかな?また新しいワード。一部の人の権利のための芸術、なぜ、となる。

イスラエルがパレスチナを進行し続けた歴史とダンスのことを関連して考えてしまう。スペースのこととか。中国が香港や台湾を内包してしまうのには賛成出来ないが中国の文化には圧倒的な関心がある。

しかし西洋のダンスを考えるとスペースの支配みたいなことを考えてしまうところはあるかもしれない。それで今結構、集団でスペースを占領するようなダンスにうんざりもしている。

肉体で埋まってしまうとか、ナルシズムの意識でスペースが埋まってしまうとか、じゃなくて風が吹いていてほしい。雰囲気は違うけど岸田劉生の描いた坂道の先に青空がある絵。そういう風に意味を読み込むのは絵画において二次的かもしれないけど、風があの坂道に抜けていくのだけずっと知っている、みたいなダンスのことかもしれない。ずっと言葉にできなかった違和感をさすならそれかもしれない。そこには風に吹かれている人がいるのかも。劇場には風が吹かないからそのことをずっと考えている。劇場に来る人は風を見たいなんか思ってない。人を待っているだろうけど。

2023年11月26日日曜日

いびき

 明日が本番でちゃんと睡眠だ、と思ってホテルの布団に入るもいびきが聞こえ嫌な予感。結局少しだけ眠りの入り口で彷徨うも引き戻される。 いびきで嫌なのはいびきをかいてる本人の状態はもちろん眠っているということを込みで想像されるのでなおさら行き場のない。でもそんなこと言うと世の中には不公平で行き場のない思いが無限に溢れているのとに行きつき、明日僕の本番に支障が出ようとそんなことは全然たかが知れている1つの事例に過ぎないし、とにかくそうであっても良く働くことこそが大事で、そんなくじを履くくらいいつもあるとか思えたらいいのか。それにしてもそれを割り切って眠れないことを引き受ける態度をころっと切り替えられないかと思い書くのを始めた。

初めて眠りのための音楽というクソプレイリストをかけてイヤホンで聞く。すると少しだけそのいびきと音楽が一緒に演奏されているような錯覚が、そのいびきはもちろん安いイヤホンを越えて聞こえてくる。でも少し集中して聞いていくと、へんな世界観が像としてみえてくる感じもする。たとえば、竹藪の向こうが少し明るい朝を待つような光でそこをどうやら竜が通り過ぎていく。竹藪の上を今度は竹を倒してそれを地面として歩くようなイメージ。

昔、ブログを書くなら文書を書くなら鼓舞するような何か焚きつけるとか、躁的なものを書くというアベレージを目指していたんだと思われる時期があった。その時はそれを書くような毎日を同時に切り開けるようなそういう制作の態度がたぶんあった。たぶんあれた。 しかし段々とそうじゃない日もたくさん出てきて、それでもその筆を許すような判断があってつまらないとるに足りない文章も書くようになっていった。これはなんか坂口さんで言うところの躁鬱の鬱の部分の文章かもしれない。 

でもなんというかなんでもどうでもくそいいんだ、みたいな領域を誰にも侵されずにありたい、ほとんどが読まれなくてもそれでも、自分と話すためにも書く、どうしようもなさ、を全く閉じない形で実は垂れ流れてる、みたいな形であればいいとか思って書いている場所。

クソプレイリストが行ったことのない砂浜へ連れて行ってくれている、コピペのようなカモメの鳴き声だろうか。いつなんだろうそこは。じゃあ僕だって適当に思い出のたとえば直島の砂浜の記憶をコピペする。

休みが必要だ。休みなのか、戦いなのかわからないけど、一回ゼロみたいなことが必要だ。耳も目も悪くなってしまった気がする。自分のことをよく知らなかったら。


2023年11月21日火曜日

明日の色

 昨日久しぶりに家族と集まってご飯を食べた。何年ぶりだろう。そういうことって親は嬉しい光景なんだろうか、とか思う。昔は親の側に立って物事を見る事は難しかったが今は少しはそっち側にも立てる感じもするけど、これだってみんながみんなそうなわけじゃないだろうな。

またしても眠れない。このベッドは熱を起こしやすくて、結構暑くなってしまってそれで頭が冴えてしまって眠れないというのもあるんだろう。

今度、昔の友達との同窓会的なのがあるかもしれない。半分行きたくて半分行きたくないというのは、よくある意見かもしれない。人生同士を比較されそうとか思ってしまう。そんなこと言ったらたぶんたくさんの人がそういうことにびくびくしながら生きづらくなってしまっているだろう。

うまくやるのは難しい。色々準備したつもりだったけど油断すると一瞬。全然うまくやれていない。自分なりにここはこうで、とか。あぁで。とか。結構ずっと考えてきたつもりだったけどすぐに寄っかかってしまってそれで別の場所にもやってきちゃって。

強い閉塞感だけど取り戻したいなぁ。たぶん楽しくなってくると大丈夫な気がする。

半分色んなことに意味がなさそうに思えてくる、でも半分は勘で意味があるとわかってそれをやれる感じ。もう少しなんとかしたい。

父親が南三陸にボランティアに行くことで老いた自分がまた変化出来るんだと思えたという話。こないだ亡くなったおじさんは兄弟でいわゆるわかり合えるような最後にはならなかったようだけど、その三陸の後にぽろっとお前は変われたんだな、俺は変わらなかった、と言われたらしい。 兄弟というのでも家族というのでも難しい。本当に全体でのバランスのこともあれば個人と個人のこともある。僕はどうして生きたいんだろう。結構良い年齢。

とか言っちゃうけどあと65年生きるならこれからだし、結構いい年齢とか言うことでその考えに寄与してしまって余計自分の首を絞めてしまう。

明日のことに関して言えば今の明日と5年前の明日、10年前の明日、15年前の明日で色が違う気がする。