2020年5月21日木曜日

2016

携帯を買い換えるとクラウドの中で更新されず溜まりっぱなしになっていたカメラロールが覗けてそのストックは2016年分のもの。
そのカメラロールを指でスクロールして思い出と対峙していく。
様々な写真が出てくる。どうぶつえんを始めた年だった。
その時に好きだった女の子と映ってる写真。代々木公園で幻の練習となった日の写真。吉祥寺でみんなを連れ出してパフォーマンスした日の写真。みんなで海に行った時の写真。
裸でライブする村上さんの写真。個展の時の写真。新聞家のドラマシリーズ。やっぱりまた公園に集まった時の写真。
すべてが愛おしくて切ない。
こんな気持ち久しぶりだ。
というかそんな振り返り方は最近していなかったのではないか。
ランダムに並んだカメラロールはただスナップを重ねた乱雑なその年の写真をページをめくるようにして時間を追いかけていけるから、それだからか。
思わず2016年なんて写真集を作りたくなっちゃうくらい。
愛おしい世界だ。
走り抜けてよかった。
しかしソロじゃない。その都度、一緒に走るランナーたちが写ってる。なんて輝いていることだろう。
4年が経つと、でも、その時にあったものがもうなくなっていたりそういうこともある。
そういう年齢なのか。とも思う。
でも一方で10年以上前とも変わらないところもある。
一体なんなのだろう。
このカメラロールを下がっていくと4月に渋谷のTSUTAYA前で都心における現代の最高の絵をパフォーマンスで描こうとした日の写真や映像がいくつかある。
村上さんがフィッシュマンズの似つかない完全にオリジナルに聞こえるようなカバーをしていて僕の描いた絵が雨に濡れている。
この日は雨の中、踊りあった。
誰の青春だよ、これ。って紛れもない自分たちの青春のためだった。
海でも上野くんが歌っていた。
吉祥寺では村上くんの裸の写真で。いつもお前、裸じゃんとカメラロールを見ながら思う。お客さんだって少ないのに。
でもそういう友達と過ごした時間は決して大勢の前で行われた勝利なんかではないけど、近くで過ごした僕たちにとっては非常にかけがえのない時間だったように思えてくる、このロールを見ていると。
手放しちゃいけないよ、と思った。
お前らが楽しめ、と。
もちろん他の人を巻き込むこともいつも最高に大事だけど。
僕らが楽しまなくちゃだ。
この人生や時間を少しでもなんとか出来そうな予感があるなら、それは離しちゃいけない。
実際それをやってる時、クソみたいとか思うかな?でもほら、振り返ると最高じゃないか。
目の前に人がいるということ。
もう何万回も生きる。
生きることに余裕こくなよ!

2020年5月19日火曜日

歌えない

最近の夜はやくたたず。
外に行ければこのパフォーマンスも変わってくるだろうよ、なんて思って他人任せ。
そこまで思ってるわけじゃないけど、あれ、こんな夜ダメだったっけ?っていう感じ。
1週間前にアキレス腱が片方痛くなりここ1週間はずっと続けていた公園練もランニングも中止。やれやれ、年齢をいよいよ感じるかも。ケアと歩まねば。
TSUTAYAに行けないのでNetflixでも入ろかと思っていたがそういえばカードの請求書にいつからかamazonから毎月500円ずつ引かれていて、もしかしてamazonprimeなら見れるかと思ったら案の定見れた。なんやねん
昨年、話題だった日本映画を今夜途中まで見る。
もやもやする。
ok、この客層からは漏れたんだ、今回は。監督色んなものとってるものね、と自分を納得させる。
最近、ステイホーム期間中に思いがけず試しているのは買い換えた画質の良いiPhoneのカメラを使った動きの撮影で、片方の手にカメラを持ったり、自分なりの物理とイリュージョンを行き来するような制作?を試しているっぽい。
この延長で映画を撮ることが出来たらそれなりの説得力を持ち得そう。
みんなが面白いと言うかはわからない。

映画の役者さんを見ながら、映画の中で求められる演技の観念性について。
その撮影現場でのライブ性、物理的なパフォーマンスというよりあくまで画面に残すんだ、とほとんどの仕事がまるで働いているかのような、ことなのか。

2020年4月28日火曜日

時空

うみへむかう。4月、早朝に家を出るともう海に着く頃には明るくなっていた。
久しぶりに、わたしは、引き出しからの仕業を取り出して本日それを行った。

帰り道、藤沢で急行に乗り換える。たぶん新宿に向かう中で車内は混み合うだろう。

先日、YouTubeで観た"夕方4時〜"の弾き語りが素晴らしく、学生の時その曲をよく聴いていた。深夜から早朝にかけてTSUTAYAで働いて家に帰り朝眠りに着き、昼に大学に起きて通うのをつい寝坊して起きると4時頃になって、あたりはすでに暗くなってから向かった日々の事、どこか罪悪感や諦めに対抗するような、ぎしぎしした想いがその時あったような、そんなことを思い出す。

砂浜で走ってみると案外楽しく、顔も段々気持ちが入って周りが気にならなくなってくると楽しい。
きらめきの中。

私がさけんだ

声は向こう側へおそらく届かないことが叫んでる途中でわかる。
何もない空間が目の前に広がっているのにそこに僕の声は乗らない、なんでも待ってくれた空や海なのだけど、それを助けて遠くへ運んだりはしない。ただもしかしたら、この声がもう少し物質ならボトルを海が運ぶように、風が花粉を運ぶように、長い時間をかけて気楽に待っていると向こう側へ辿り着いてくれるのかな、

ここまで文章を書いて、多少でもいい文章をここに作り上げるなら後ろに書いたことを振り返っては書いて整えればいいのだけど、それよりも僕は今、散歩の中にいるように少しづつ思いついたことを散らしこぼしていく、たまに良いじゃんってことを思ったりするのも登場するけど、これは散歩、完璧な散歩がほぼないように。
散歩の途中、ちょっと雲いいなとか、少し迫り出した家の植物とか、昨日思い出したことだとか、それらに出会っていく。みんなも出会っているように。

レスターをもう4回も聴いてる。

僕はほんとうはもう少しいい歌を書きたい。
誰もがポケットにしまって持ち歩けるような。
それがあれば時を越えて通信出来るような。
いつも時空を越えたい。
それは僕がたくさんの時空を越えた通信を受信して来たから思うこと。
今度は送信したいんだよな。
人生をかけて送信にかけたい。
時空を越えたことが人生をかけてしたいこと。

海に行くのは時空を越えているから。
その先やこれまでが含まれた詩だから、か?

もう5回目

2020年4月16日木曜日

CHAYAさん、

エイリー舞踊団で47年間務めたCHAYAさんのドキュメンタリーを少し追う形で見た。
こないだのクリスタルパイトでも思ったけど、そう"ダンサー"が指すダンサーの枠は広く、何かだけを特化してダンサーと呼ぶべきなのか、考えてしまうけど。
僕は追いかけようとあまりしてこなかったかもしれない1つのダンスの形であり、もっともクラシカルで世界的に親しまれているかもしれないその形を持って取り組むダンサーたちの姿、その中でも彼らはNYでそれまで活躍の場のなかった黒人ダンサーたちが踊る場所を自身たちで開拓していったカンパニー。
振付を教えているシーンではその魂の引き継ぎみたいなことがされていて、そう言えば、そうだ、ダンスにはとことんそういう面もある、そういうことをあてがうことが出来たんだった、とか思いながら見ていた。とうとう僕はまだこのダンスの引き継ぎというのから、遠くにずっといる気がする。
自分の話はさておき、それでも熱心に踊るダンサーが映されていく。
CHAYAさんは随分仕事の出来る人で、本当にこのカンパニーをしっかりマネージメントしていく。
話によるとそれはダンサーとして黄色人種でありながら受け入れてくれたこのカンパニーやNYという場所が自身を歓迎してくれたことに感謝していると言っていて、ついに多大な愛を注いだそのカンパニーに向けた半年前の引退発表をカンパニーメンバーに打ち明ける際には見ていて泣けてしまった。
この涙は懐かしくもあって、そういえば10年も前、よくNYに憧れRENTだとか様々な映画やドラマ、本などを見ていた。その時に受けたNYという場所の愛、みたいなことが蘇るようだった。
これはTwitterで友人がリツイートしていて見た発言だけど、人間には大きいことは出来ないが小さなことは大きい愛を持って取り組むことが出来る、とマザーテレサが言っていたこととその両方のことをCHAYAさんを通して思った。

誰かを人種や境界を越えて受け入れることや、その歓迎への返答だとか、より大きな愛を作るために必要な営みなんだと思った。
もし僕や僕らがより大きな愛に出会うならばそれらは乗り越えるべきで、もし今その愛を感じることが出来ていなかったとしたらそれはやっぱりあまりにももったいないのかもしれない。そんなことを思った。

すごいね、

2020年4月12日日曜日

12日間目

自粛生活が始まって2週間くらいになるかな。3月の最後にストリートビールした時にコガさんが少し顔出しますと来てくれた時に、次いつになるかちょっとわからないなと思って顔出しに来たんです、と言っていてそれが現実になったなぁと改めて思うくらいに過去の出来事になったかも。
かも、とかつけちゃうのは自分の今の言葉であるはずなのにそこにも断言しにくい、感情の決定しづらさは文章だとあるなぁ。つまり実際に話してる時だったら、手とか身振りがそのへんの言葉尻を少し曖昧に調整してくれさえしてくれているのかもしんない、あるいは話者の身振りというより話しているお互いの関係が感情の決定を留保しつつコミュニケーションするのを良しに出来るとすれば、パフォーマンスってかライブってかすごいねぇ。

ランニングが続いてて結構、脚パンパン。あと公園の柔らかいほうのアスファルトで練習してるんだけど結構体に来る、体がかたくなっていく。室内で練習してる時はそうじゃなかったのにコンクリート対応ボディなのか。
疲れがたまっていく。しかし12日間連続でランニングは続いてるので、なるべくやめない。

今日はzoomで15人くらいでダンス関連の会を行った。
中々ライブでだって集まるの難しかった人たちがこうも集まれるとは、そんなことを思ったりした。

2020年4月8日水曜日

映画の話とか

さっきまで見ていた映画はアメリカ映画で恋愛コメディもの。
ハリウッドがなんだかんだ好きなのはチャーミングなカップルを描きがちで、思わずなんどもそんなもの見せられたらうっとりしたり、自分だって、という気が起こるからそういう風に引っ張ってくれるのって中々良いっちゃいいなと思うんだ。
シネコンなどの映画館に行くとクソみたいな商業日本映画の予告編が流れて、でもその中にもやっぱり見ればチャーミングな2人が描かれているのだろうか、、と一瞬よぎったけど脚本のセンスとかは重要かもしれないからそれはなさそうだと、偏見のまま終わる。wいずれにせよ、クソみたいな日本映画達は今の政治や企業との癒着くらいこれから変わんないとずっとダサいままな人生送ってしまうぞ、って感じだけど。

って今日はファッキンワード連発だけど、別に怒ってるわけじゃない。
確かに映画館で予告編が流れるたびに絶望して国に失望しているわけだけど。
さっきまで良い映画を見ていたわけだから。
とか言いつつ、楽しかった時間も思い出されて感情が様々な味のいくつも重なったハンバーガーみたくなる。
そうだ、この恋愛映画を見て生まれるこの感情に名前をつけるなら"感情のハンバーガー現象"だ。

最近は日課で走っててなるべく毎日走ることが出来たら少しでも風邪ひかないことに近付けるかもというかもという信仰でもって8日間くらい続いてる。
イチローが毎日、練習などをしてもケガなど少ないとしたらケガが起きないような練習であり、パフォーマンスもあげるような練習がゆるく、時に集中してがっと詰めて行なわれ続けている故なんじゃないかと走り出した夜のランニング序盤に思ったところだ。

思い出ぽろぽろはいい映画だった。
昔の日本映画も最近観てて、大林監督のとか、相米さんとか見ていてやっぱり相米さんの映画がすごいのは人間や映ってる景色や時代や街を美しいと思える時間が多い。映り込んでしまったものの美しさ。大林監督のは時代を跨いで活動しているからソフトごとの比較は楽しいけど、演出が過剰なのか美しいか、と聞かれると残念ながらほとんどそう思えない。

2020年4月7日火曜日

最近、ぽろぽろ

書こう、書こう思ってついぞ書かずやっと書く。書く、って書くのは好きだ。以外に誰か届ける人がわかってる時とかは書いてみる、とか書こうとか、そういう言葉が選ばれる状況が多い気がする。 書く、は自分で完結するから潔い。自分のために踊るみたいで、自分のための積み木とか工作みたいな時間になる、、、なるは言い過ぎだけど。そんな役割さえ書くに含まれそう。

思い出ぽろぽろを観た。こないだストリートビールでみりちゃんにおすすめされたのだった。映画はおすすめしたり、おすすめされたりして簡単に見返せることが好き。すぐにその人観た人と同じく新しくなって話せるから。
こないだ各地の空港にピアノを置いてるテレビ番組の中で確かオーストラリアのどこかの空港のピアノでこの思い出ぽろぽろのエンディングを弾いてる人がいて、その人はピアノの調律師だったかな?美しい曲です。
サビのような曲。たくさんそんな瞬間に立ち会いたいね、抱きしめるような時を。

思い出ぽろぽろは、小さい頃にあったちょっとした機微を捉えている。一般的な家庭が描かれているかもしんないが、その中でもある子供として傷付くことや家族のこと、友達とのことなんか。思い出したなぁ。

それらのこともそっか映画になるよな。それらのことは、ふと年齢を重ねると確かに訪れてそこから今の自分の事を見ていくような感じがする。自分の中でのそんな行き来が起きてくるし、一方で他の子供なんかと接したりして、子供と大人だけじゃなく、子供の時の自分もそこにいたりしながら、いれることだってあるかもしんない。
そうするとすごい、一回しか生きてないってわけじゃなくなりそう。多重的に生きてるみたいな。
小さい頃、広尾に住んでいて、大学を卒業したくらいから散歩したりよく歩くことが増えて、そこを歩いてところなどからまた思い出すんだよね。
絵描いててもそうだけど。
踊ってて思い出すのは思春期以降で、絵描いてて思い出すのはそれより前の頃のことなのかな。

やっぱりまだ寝る時間がこれくらいになっちゃうのそろそろ変えないとな。