2017年8月19日土曜日

ベッドに浮かぶ風が吹いた

またしても眠れないわけなのだけど、これはやっぱり昼間に浴びたエアコンのクーラーと関係があるんじゃないかと思う。この生活を変えるために今日は無理にでも朝起きたんだからその貯金で今日はぐっすり眠れるつもりでいたんだけど、、、寝れないかぁ。
これで本番の週迎えたらきついな、、なんとかしなきゃ。
と、部屋のエアコンは使わな過ぎて壊れてそのままで夏は窓を開けるんだけど、今毛布にくるまってベッドの上をいくつかの窓からの風が一緒に吹き抜ける瞬間があり、気持ち良くて、目をつむっていたからそれはベッドのまま空を飛んでるようイメージと浮かんだ。
ありがたい。    でも、本当にたまにはベッドに寝てると風が吹いて一瞬でも外の空に浮かせてくれたらほんとたまらないと思うよ。あぁいいきもち、ってなると思うよ。

2017年8月18日金曜日

眠れない夏の夜

困った、また眠れない。眠れないことなんてほとんど夏でもなかったと記憶しているのだけどこの夏は何かおかしい。もしかしてエアコンとある部屋にいることが昼多いのも原因かもしれない。今、世話になってる稽古場にもエアコンがついている環境で、毎夏たくさんのTシャツを汗をかきまくるために取り替えるのだけど、今年は少ない気がする。雨も降って気温も低いし。この夏は、太陽の下でたくさんランニングをするという経験を欲していたのにこれじゃあどうもうまくいかない天気。

今は改めて、岡崎乾二郎さんによる絵画の準備を!を読んでいる。めちゃくちゃ面白い、前読んだ時より理解は増えている、まだまだだけど。こないだの展示の反省をし始めて今後の展開を改めて自分に集中して取り組みたい気持ちと、今正に取り組んでいる単独公演に向けての稽古の時間、途方にくれる時間、は幸福としか言いようがない。いいペースで進んでるわけじゃないけど、やっと少しづつ問題に向き合えている気がする。ミニマルな状況を整えられた上での。直接的社会ではなく、少し間接的な距離感で社会と向き合っている状態での制作を。

頑張ってます。
よかったらぜひ、8/31〜9/3に横浜stスポットにダンス公演を見に来てください。
I ALL YOU WORLD PLAY
という作品です。

2017年8月12日土曜日

最近の取り組み

パティスミスの自伝を読み始めた。写真家の友人ヨーガンの人生の師匠が確かパティスミスだった。何かやはり、ずっと日本にいて日本人だけとコミュニーケーションして、何か言説とかを気にしてるのいやだな、もっと知らない人と出会い、頼りない情報をもとにコミュニーケーションをしたりしたい。という根本的な気持ちがいつも実はつきまとっている。
単独公演に向けて、取り組んでいるんだけど、これまで自分がたくさん使って来たモチベーションの源泉からじゃ作っても届かないような気がしている。もっと深いところから組んでくる水じゃなきゃ成立しないし、前に進めないような気がしている。
だからもう少し状態をばちゃばちゃにしておくんだけど、しかし具体的な建物を建てるべく取り組みを働かせていこう。
間に合えおれ!

2017年8月4日金曜日

2回

困ったことに眠れない。今日は二回も練習したのに。こないだは1日に二回ランニングした。1回目のランニングはお昼の時間に太陽を浴びながら走ろうと思って飛び出したら、途中で雨になって(そんなの走る前から予感していた曇り空だったけど、前日からこの日は太陽を浴びれる時間に走ると決めたのだったから。)家が近付く頃にはびしょ濡れになっていた。家の近くの通りを走る最中に視界にベビーカーをひいた女性が目に入った、雨宿りしていて傘を忘れた様子。雨は止む予感がなかったので家に着いたら傘を1つ手にしてその人のところまで戻って傘を渡した。こっちの身なりはひどくてレゴのタンクトップにびしょ濡れで変態かよ、って思われそうだけど傘のが大事でしょ、と渡しておいた。その後帰ってシャワーを浴びたりしたんだけど、案の定止まずにその日はずっと雨だったから渡しといて正解だった。そして傘のストックがあってよかった。傘というのはマラソンのバトンみたいだ、家や目的地をゴールとした。
夜はまた朝と同じコースを走った。川沿いなんだけど、川は今工事を始めていたから、色んなものとかこととかが、少しぐしゃぐしゃにされてはだけていた。そんな川にすごく親しみを覚えて見ながら走ってるのは楽しかった。その光景の説得力は、小さい頃に泥んことで遊んだり、絶妙な状況でそれでも何かを作ろうとしてる時に案の定、自然に破壊されたりしながらもギリギリ洪水とかを止めようとしてダメだったりした制作における戦いを思い出した。相変わらず、水とか土とか葉っぱとかの強さ、がまだ顕在してる。昔のライバルたちがまだ普遍的にあるような光景に親しみを覚えたのだ。

とにかくランニングを二回した日の話でした。

今日は二回も練習したのに眠れない。夏はやっかいだぜ。
高校生の頃、よく二回どころか1日3回とかいや4回なんて日もあったかもしれない、場所を変えながら練習をしたことがあった。
あの時間、今は大好きだなぁ。
どこでもノートを広げちゃうみたいな。移動可能な自由帳みたいな、自由があった。
高校二年生の頃のある練習の日のこと、文化祭のダンスの練習を地区センターみたいなとこでしたんだけど、その日食べたパンが入っていたビニール袋で鼻水をかむ、というギャグをみんなにかましたらウケてたの思い出した。あと廊下で友達と待ち合わせした時に、横からスライドで入って来て、お待たせって言いながら寄り目をして挨拶してタイスケを笑わせたり、バナナの皮をわざと踏んだ転ぶやつとか、一緒に思い出しちゃおう、この際。際限なく。ほら、このようにしてどこでもノートを広げちゃう、みたいな移動可能な自由帳が今広がっている。ことが出来るのは、いいね。いつでも大丈夫そうだ、これさえあれば。いやあればなんて言わず、欲張っちゃおう。

大人になってもうまく、もっとうまくなって、練習を二回やれちゃう日とか作りまくりながら生きたい。
単独公演に向けて焦る気持ちと、でもこうしてまた出会えてしまった光景に少し驚いていきます、1人っていうのも悪くない。
この広がりさえ含んでる世界の大きさを、一緒に伝えたりもしたいな。
この仕事に関する話の中で。

2017年7月27日木曜日

speed july

白い嵐、が良かった。映画の話。映画はやっぱりいいな。
speed july、この七月をそう呼んでもいいだろうか?と言うくらい、大きな波が2つあって、1つ目は越えていよいよ今日その2つ目だ。サーファーの気持ちで乗り越えたい。なんていうのは今思いついた。

高校の大好きな友人が結婚をした。高校生活の一、二を争うくらい一緒にいた。いやそうじゃないかも、基準が曖昧だ。何年か前、彼女の誕生日の日ということで、TSUTAYAでDVDを1つ選んでそれをプレゼントすることを遊んだ。ハリウッド映画はよく見ていたので色んな並んだ映画の内容についてプレゼンして回った。主に恋愛映画だったと思う。そのことが楽しくて、少しだけ恋愛映画をたくさん見たことが報われた。このジョークを僕はすごく大事にしたいと思う、もちろん彼女のツッコミもそこにはあった。現実をなんとかすべきね、みたいな。w
すごくお世話になって、なんか僕のことをすごく見てくれて評価してくれた文章なんかを読んで、やはり泣いてくれたりして。心の底から喜んでくれていたのかもしれない。
僕は、そこでコミュニケーション出来るなら、時間を生きて本当によかったと思った。
人生にギュッとつかまれるように、思った。

式場で仲間たちと人生はあと80年あるから、みたいなことを言いまくっていたのはおめでとうと同時に、なんか僕らは仲間たちとこのままでいこう、って気持ちからかもしれない。何パーセントかは。
みんなのことをそんなにタフじゃないんじゃないかって思ってしまうからなんだ。
一方でずいぶん自分だってナイーブなのだけど。
困るくらいに。

とにかく波に集中しなきゃ、白い嵐のようになってしまう。
人生は複雑に、何層にも生きていく、みたいだ。

2017年7月24日月曜日

疲れ

今日は本当に疲れていた。頭もキーンとしていて、しかし昨日たくさんお酒を飲んだわけじゃない。しかし昨日は疲れた状態でのお酒だと自覚しての飲酒だったとは思う。
いずれにせよ、今日は本当にクタクタだった。あとちょい、今週さえ乗り切れば。
っていう今週があり過ぎた今月だ。目の前しか見る事の出来なかった7月がジュライがJulyが終わる。
頑張ったと思う、自分に拍手、じゃなく休みを。
明日はジェニファーたちと集まる。うん、積極的に、英語できないけど話せてるのはジェニファーと池田さんのおかげのこの展示期間です。
日本人のさみしさ問題をもしかしたら外国の方のやり方や彼らが救ってくれるんじゃないかって思っているのが基本的にあるんだけど、、これに関しては検証していくべきかね、自分自身。

2017年6月30日金曜日

I can't get over the film.

信じられない時間にいる。タイミングを逃し眠れない。夏のせいか。こういうの本当いやだな。でもこういうの文学的だとか思う自分もいて。。。
昨日は大物ダンサーと、対談をした。雑誌の企画だったけど、
その話をもらった四月のその日は中目黒でCDジャケットの撮影をしていて、メールが届いてその名前を読んでびっくりした。
僕がコンテンポラリーダンスを知った当時に活躍されていたまさに今をときめく人であったから。そういうのを頼りにその世界を知っていったから。
その人の話を聞く中で、愕然としてしまった。十分、その人の経歴や仕事っぷりに圧倒されていたつもりだったが、なんと色んなことをしてでもお客さんを増やそうと努力していたことか、そう考えると本当に今は全然始めれてない感じがした。頑張りどころ、、、落ち込む暇は微塵もない、やれるかやれないかで勝敗が決まる。
負けたとか勝ったは、本当の意味では重要だな、つまり人生をかけて、あるいは今若いこの時間をかけて、あるいはいくらか年を重ねたこの時間をかけて、あるいは年老いたこの時間をかけての戦いなのだ。短いその時だけとかのじゃなくて、長いプレッシャーと長いスパンでの目標と視野が必要なのだ。それには科学的な努力が必要になる、また何よりも勇気。そういうことの意味でパンチをもらった。

一方で、他の話に戻るけど、そう、今日まさかそんな風に会えるとはコンテンポラリーダンスとか意識し始めた時はあんまり思ってなかったかもなぁいや、そうなりたいとは思っていたかも。しかも自信もあったかも、、、うん。(何かイメージを逆算しようとしていたかもしれない)
しかし、だからそのようにして自分が目標とかをクリアしていくんだからこれからもしっかり目標をたてクリアしていけるようにするんだ、と思った。

誰かのブログを読んで、踊る理由がわからなくなった、と仮に書いてあったとする。
自分の踊りを、あるいは自分以外の踊りを、あるいは人を、世界をもっと見つめればいいんじゃないかと思ってる。それに関しては生活と並行して必死に探すべきで、自分のオリジナルの強さは持っていかないといけないと思う。そうじゃない人とは僕はやれないかな、そういう人に関してはたぶん傷つけてしまうと思う。それが僕の一線かも、今のところ。それはしょうがない。
深い井戸から水を汲んでくるように、モチベーションをいかに深い井戸から汲んでこれるかだと思う。僕は結構、深い井戸を見つけたので、あんまり負けない、だけどまだ不十分だからもっと深い井戸を探している。でもその井戸に関しては嫉妬するものでもない、だって世界がかなりピンチだからだ。猫の手も借りたいくらい世界がピンチで、ちょっとでも人の手を借りたいんだから、そしてしかもその人が出来れば自分で指示出し出来るようであってほしい、ほら何かに似ている、、政治と同じだ。
時間も空間も有限で、今次の瞬間にはたくさんの可能性も死んでく中ででもしかもBBQとか花火とかもやりながら楽しんで味わなきゃならないとも思っている。本当のところ。

映画がいつもすごいから僕の人生は負けてばかりだ。
敗北に満ちている。
恋愛映画を星の数ほど見ても明日にも何も達成出来ていない。
あらゆる方法を手にしたはずなのに、日本語に僕とあなたとの関係に縛られて、世間を気にして何も手が打てない。そのようにして映画に負けて、絶望の雨が降り注ぐ、決定的な負けだ。上の方に書いた多少のダンスの達成だって、映画への敗北を前にして、何も力を持たないみたいに、、、いや、ちょっとはあるかな、 、、。そうちょっとなのだ。
もっと圧倒的でなかったせいなのだ。
もうすぐ30歳を迎える。人生が手強い。しかしチャンスはいつも無限にある。
ストレス社会だ、なんて言うなよ、全部君1人でクリアできる。世界を変えられる。
僕は君のことなんて知らない。君は僕のことなんて知らない。
君は世界を前にしている。