2018年2月16日金曜日

さてさて

ということで公演が終わって、作品についてはまたどこか別のとこに書くなりするとして橋本匠くんとの3部作がkentaro!!さんのとこから始まってここまで来てしまった。ここまでまさか来れるとは。こっからが大変なのだけど、口から出まかせのようにここまで来てしまった。言い方悪く言うなら。でも作ることには誠実だったし、色々大丈夫なんだけど。

最近はドラえもんの映画をお勧めしてもらって観ている。
んだけど、なんか夜が静まった中にドラえもんとのび太くんの部屋だけ光ってまだ何かしている夜があるということをTV越しに羨ましく観ていた小さい頃を、思い出す。
そんな風にして、そんな場所への憧れとかが実は育てられていて、それは実はずっと大人まで続いてるんじゃないかと思う。そう考えるならもっと、そんな場所を大人になってからも守ろうって人にも言っていれそうな気がするね、ドラえもん。

そうだからやっぱり子供の時にたくさんのことを受け取ってるんだよね、僕ら大人になってからはまた違う視点で受け取ることが多いから。でも安心して。それは子供を経由して大人になっているから。

さてさて。


2018年2月14日水曜日

初日

ということで初日を終えて明日で2日目。
amazon clubに誘われて行くとたくさんの舞台関係者が多くいて、hiとかheyとか少し挨拶したり一年ぶりの友達にあったり数ヶ月ぶりの友達に会ったり楽しい。
そうフェスティバルはそうじゃなくっちゃ。
少ないフェスティバルの自らの経験のフレッシュなところ思い出してもう一回みんなで作っていくと良いと思う。

最近見たイーグルジャンプって、知ってる?その映画を観てスキージャンプの飛んでる時の景色に思いを寄せた。結構その飛んでる時の景色は孤独そう。その瞬間は自分の体ばかり他の人と比して浮いているわけだから。
人を応援することの楽しさみたいなの。

小学生の時、ちょうど冬季オリンピックがあってクラスの友達とオリンピックごっこをしたのを思い出した。学校の階段にダンボール敷き詰めて、ジャンプもなんか工夫してやってたんだよ。あの時は非常に良くて、その良さは手で作ることと、こうしたらいいと頭を使って工夫することと、みんなで盛り上がる感じの三拍子揃ったあ素敵な時間だった。で、それは子供の頃の体験だけど自分自身の人生の中での立派な経験であるから、その経験を自分の中で下に見たりなんかすべきじゃないし、そこから引っ張り出して来れることもあるのが人生だ。

怒っても怒らせてもかまわないのは明日があるからだ。
忘れてしまうくせあるから、言える時にも言う。
今年は明日を大事にしたいね、

2018年2月3日土曜日

ライオンが何回も吠えているとしたら

いい映画とは、人生の中でなんでもやっぱり出来るって思わせてくれるやつなんじゃないかとこないだ観たライオンは今夜死ぬ、の最中に思っていたんだよね。
人生は一回しかない。 最近読んでいる保坂和志の未明の闘争の中で出て来るのは、何回生きても同じ人生を同じ瞬間を同じ場所で生きるを繰り返すみたいなカツーンとくるところがあったけど、果たしてそれは本当かどうかしらないけどじゃあなるべくその何回も生きる部分をなんとかしたいとか思うよりも早い感覚がそこにあっただけだ。
そんなことより早い感覚がそこにあるんだよね、いつも。ってこの感じがちょっと保坂さんっぽいけどw
ニブロールを観に行った。コーヒーっていう17年前のやつ。
とても今じゃないと思った、だから昔のことを思い出しながら見るという稀な時間だった。目の前の役者やダンサーの身体によって再現されてるのに当時そこに立っていたであろう人たちを、そしてその人たちが生きていた社会や世界のことを僕は考えていたんだよね。
そこで初めてその人たちのことを想う事が出来たとしたら、なんか不思議で。
じゃあ目の前に立っている人たちのことはたぶん想ったりなんかしないのかもしんない。
ただ彼らは、目の前に立って代表するんだと思う。
やっぱり目の前で人が話すことの延長を求めるんだよ、目の前で話してる人については想ったりなんかしない、考えはするけど、ってカフェとかで目の前の人に対して接するのとやっぱ同じかもしんない。
だから今目の前に映ってないから、想う事ができるんじゃないか。
そんな風に、想うってことについては考えた。

だから今日、会場に来てたあの人やこの人たちのことを日記に書いたりして、やはり何十年か後に想うのかもしんない。
だから、それだから今をもっと生きたいと思えるのかもしんない。
あと15.20年後に想えるかもしんない今を。
未来は現在に繋がってる、過去になることがあるから。

映画を観て人生をもっと近くに引き寄せたいという気持ちになったり好きだけど、自分の人生をもっとなんとかしたい。
100回生きるかもしれない可能性もあるし。
そんな風にして、たくさんが重なって今が起きているのか、
わからないんだけどさ、わからなくても思ったり、考えようとしたりさえすでに同時に起きているし踊ろうと走ろうとしようとすれば少し動くからまたさらに重なる瞬間ばかりを生きている。

2018年1月28日日曜日

誰かとのいかた

今日は友人のイベントに展示ということで参加してきた。
自分は主にダンスを活動の中心にやってきたのでダンスやライブでの発表の手応えが、結構その時の空間をどうできたかということの評価軸になっていたりするので、展示とかは大体いつもそわそわする。今回はカジュアルな場だったからリラックスしまくってやったけど。
普段の展示の際は、ダンスの手応えの延長線上として感覚できる部分を頼りにしようかとさえ思ってしまっている。

イベントには普段出会わない人、高円寺の人とかも結構いる様子でそんな中、彼がどういう風に振る舞うかを見ているとやっぱり関心するんだよね。
そうだ、昔から彼の友達とのあり方が僕はいいなぁといつも思って見ていたんだ。
そう考えるとそういう人って周りにいないか?あの人の友達とのあり方に憧れるケース。
そんなのは小さい頃からあった気がする。
僕は途中でやっぱり自分には難しいなぁなんて思ったのを覚えている。
でもそのあともいい友達とか、今までないタイプの人と友達になると、それはそれでいい関係だったりすることもあるから素敵なんだけど。
だけど、そう彼の友達とのいかたはやっぱり良くて、なんか今日最後に歌っているのはそこと結実するみたいで、胸いっぱいだった。


2018年1月17日水曜日

城崎にて2日目

城崎に来ています。初めてのレジデンス、滞在制作というやつ。人のカンパニーではなく、自分たちの作品のためのクリエイションで城崎にいます。
幾つかの仕事を持ち込んで制作と並行して進めていくつもりだったけど2日間を過ごしてなかなかうまくいっていません。寝坊、稽古、買い出し、稽古、温泉、という感じで終わっています。難しいね。街も見れていない。ちょっと寒いから気軽には外に出づらいというのもある。
しかし、純平くんもいるし、これはこれでな時間を今は過ごしているんだと思います。
明日はちゃんと起きて、朝から動いていきたい。

2018年1月13日土曜日

パンチングシカゴ

最近、クラムボン聴いていて久しぶりに。学生の一時期はたくさん聴いていた。出会ったのは大学1年の時にNYのムンパレでだいすけさんがよく流していたのだった。フィッシュマンズもその辺かな?あるいは映画専攻の友達か。懐かしいね。
でも今、大学で学生たちに会っていて彼らのその時間もやがては僕の現在の距離感ようなものを持つ。今見えてる景色と学生の時に見えていた景色が全然当たり前に違うから、何かしていても前の窓の景色が違う状態で運転もしているんだ。
シカゴって、曲が凄くて、この山あり谷ありの登ったり降りたりの楽器のリズムに原田さんの声がそこを歩きながらジャンプしたら小さくなったり、歌というものにしてしまう凄さがあるね。

明日は横浜で稽古だけど橋本くんはあざみひらに行くそうなので個人稽古だ。
僕が20代でいれるのもあとわずかだ。

2017年12月31日日曜日

2017 to 2018

2017年を振り返って。

2017年、3月の旅行以降はほんとは作品作りを集中して行おうと考えていたけど、中々それが叶わなかった。思った以上に他の入ってくる仕事の割合が大きかった。ちがう、だんだん日本での環境の中にいる要請に身体と思考がならされていったんだと思う。

2月はChoreographで多田淳之介さんの作品に参加。これは横浜ダンスコレクションのプログラムの一つで、大谷能生さん、伊東歌織さん、戸沢直子さん、群青さんとの共演。という、とても僕にとっては伏線を回収するようなメンバーでした。制作期間の中で話したこととかがとても多様でした。なんというか人生の途中の確認みたいな感じでした。こうしてB-Boyのときの経験とかも更新されていくのだった。

3月はアジアとヨーロッパを旅しました。32日間。安旅。思えばもっとせめれたんじゃないかとかも思うけど、ともかくは外に身を置く中で見えることがやはり多数あった。というか絶対にあるんだよね。毎年行かなきゃいけないし、自分の夢でもある、向こうで活躍すること。まだもちろん捨ててない。向こうで働き生きる友人の姿は、切実で今まで知らない彼の姿だった。自分を反省した。

4月は帰ってきて新しい生活が始まっていく感じがあり、すぐに白くまさんと大池さんの結婚パーティーを一緒に作っていくという個人と個人でやりとりをした仕事でした。こういったことを仕事として成立させてくれた2人には感謝がつきません。

5月は小さいイベントが重なって、米澤一平くんと初めてセッションをした。作品未満くらいの発表という小さな一歩。この後もこの一平くんと可能性を頼りに、よださんや、橋本くん、とか色々試せていった。一方で一平くんは一平くんでたくさんの企画を他の人とすすめていたのよかったな。

6月は長野県松本市にあるawai art centerに誘ってもらってあそびなおすに出演をしてきた。展示であり、ライブである、という試みを今年が結構重ねていく中での最初の出だしとなる感触が確かにありました。

7月は武蔵野プレイスでの個展。リアリーリアリーフリーマーケットとの抱き合わせ企画。
個展でありながら、多くイベントを開催してみるパフォーマティブな展示を目指しました。きっと展示としての物足りなさはあったと思います。が、イベントの多くの開催を武蔵野プレイスとTERA TO TERAスタッフと出来たことに確かな手応えがありました。色んな可能性を感じることのできた夏、となりました。


9月に初めての単独公演『I ALL YOU WORLD PLAY』を横浜STスポットで行いました。
65分くらいの作品となりました。自分の持てる世界観や、これまで獲得しつつある技術を詰め込み、劇場の方とスタッフと作りあげる思い入れもある作品がやっと一つできあがりました。
舞台をこれからも作っていきたいと考える最低ラインは越えることができたかなと考えています。

10月は鉄鋼島FESとTokyoCanalLinks♯1 “翼を持つことと根を持つこと”グループ展に参加しました。キュレーションは青木彬さんです。

11月は横浜STスポット30周年で額田大志くんと20分の作品を作り始めた。音楽家との共同制作だった。ここで試せたことは、たとえば作品のソフトなパッケージングだったり少し衣装で遊んでみることだったり、今後にもきっと使えると思うので来年の活動に直接敵につなげたい。
の後、京都に10日間滞在し、多田淳之介さんの作品『re play Dance Edit』に参加した。この作品では、シンガポールやカンボジアのダンサー、関西と関東のダンサーが集まって制作を行った。それぞれの取り組むシーンの状況の情報を少しでも交換することができた。

12月はクリスマスパーティーを行った。なるべく昨年よりも負担を減らして、のぞめるようにしたいと思ってそれを目指した。結果、昨年とも嗜好性のちがうものを参加者で提示出来る場になッタト思います。またやります。



また今年は代々木公園で行う活動、どうぶつえん、とそれに加えて青空絵画教室を開くことができました。

9月の最終週から東京造形大学のcslabで働き始めた。小山友也くんが回しているスペースで、週一回の授業があり、2日間通って大学での何かしらのアクションを行っていった。企画をしたり、実際に行ったり、人を呼んだり。
週一の知の漂流教室では学生が集まって、いろんなアイディアを出し合いそれぞれにやりたいことを巻き込みながらつき合わせながら、補い合いながら、だけど走れる時は走ってのバランスで毎授業の展開を試みた。
この感想をどのようにまとめればいいんだろう。

あとは、大学の授業だけで大学は出来るわけではないと考えていて、ともかく毎日をある目標に向けて提案をしていくことにした。大学におけるパフォーマティブな側面をもっと面白がってやりたいと考え、いろんな学生や助手や教授に声をかけパフォーマンスイベントを展開した。
大学ももっと面白い方がいいに決まっているし、大学の外ももっと面白い方がいいに決まっている。思う存分力をつけながらも、ずでにある力は使っていくべきだ。

今年は計画性の中にも即興性をもって挑むことが多かった。とにかく何かが起こっている状態を目指そうと思った。世の中に必要だと思う現象はとりあえず起きていないと、(言い換えれば柱さえなければ屋根さえ載らない、家ができないみたいな。)まずいなぁと思って。それで仲間にも協力してもらったり、友達になったらすぐそれに加わってもらったりした。それがしかも可能というシーンにたくさん出くわして、非常にいい感じです。

今年はたくさん仕事をしました。みんなにもたくさん協力もしてもらった。迷惑も込みで。
来年はもっとそれを越えよう。しかも海外でもなんとか活動したい。出来ないかな、自分次第ですね。 1月からスタートダッシュしたいな。
今夜も走るかな、、海まで走りきれる自信が今はない、、どうしよう。最近はランニングより稽古が中心だしなぁ。
仕事のことばかり書いているけど、生きることをもっと多様にできる工夫もしたいなぁ。 なんかずっと生きることは悲しいみたいなことをずっと思ってしまっている。みんな、僕らの世代はまじめだと感じるからで。じゃあまじめじゃなくなったら、大丈夫かというとそれもなんか難しいとこまできてる感じする、、って言っちゃうからダメなのか。

でも割り切れる問題じゃないと思ったから、羅列するだけで終わりにしないようにした。

めんどくさいなぁ。明日はもっとすっきりとでもちゃんと問題を持ったまま、しかしはっきりと走り始めよう。生きることはやめていない。 (写真は香港での)