少しずつ色んなことが思い出されていく。やりたかったこととか。たぶんやっぱりコロナが起きていった時期は大きくて色んな計画が意識的と無意識的な両輪でズレていって時間を大いに割ければ修正を図ることが出来たかもしれない。が、今思い出されたのが今、だ。
今日は長い1日だった。
1日の締めくくりにスタジオを借りて踊った。調子は戻りつつある。なぜならこの動きをしたいというのにアクセスし取り組めるようになっていると感じられた。収穫。明日も動こう。
ところで素晴らしい曲のラインナップだと感じられる中で華原朋美のアイムプラウドが流れて来てそこからはもうそれに、引っ張られて最後まで。帰り道もお供してもらった。街中でいる場所なんてどこにもない。身体中から涙溢れている。身体中から涙が溢れている、っていうこと。90年代の涙を今流すような感じがあった。その時の大変さは実はまだ思い出されることで生きているのかもしれない。本人はあんなに可愛らしいのに声はモンスターのようだと思った。人間の声として良い、じゃなくて何か別のサムシング。何かになっていく。そのギャップが無意識の中に本人の中に共存していたんじゃないか。
ともちゃんのその声を夜空の街の中で聴いてたはずなのにその歌は何か広い空のことをさしていて、次にはその大きな空を引き連れていくようなイメージが浮かんでいた。あなたは大丈夫。1人でもこの翼がある、ということがわかった。久しぶりに翼を生やせたことが嬉しくて嬉しくて。こんな風に歌を音楽を聴けることがあることが僕にとっての人生の大切なことであったと思う。
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