2020年6月24日水曜日

砂丘

一昨日かな?3331でやっていた90年代のアーティストによるゲリラ活動をまとめた展覧会。そこには会田誠さんや小沢剛さん、宇治野さんに、曽根裕さん、そして村上隆もいた。それらはどちらかというとおまけ的に紹介されることのが多いのだけど、当時の資料を見る事が出来る貴重な機会。
自分らの現在の活動と比べるとどうだろう?比べられるかな?
この日は久しぶりに友達の展示を見に行こうという目的を持っての久々の外出だった。
途中、村上隆のラジオがあるというのでなんてタイミングだ、なんて思いながら聴いてみる。
懐かしい、学生の頃はよく村上さんの声を今より聴くことが多かった。
安直な夢もあった。安直だなんて、当時の自分に向けて言うなんて。
なんか色々思い出されるな。

今日はヒアリングというか、今後のプロジェクトの打ち合わせがzoomであった。
その際に周りの舞台の人たちの状態を聞かれて、僕が答えたのはみんなが各々に少し変わった事だと伝えていた。
自分でも話しながらそれを確かめていくんだけど、この遠隔での連絡しかとれない間にそれぞれが自分の身の回りや自分と向き合ったのか、別々のベクトルで変わったような印象を受ける事が多いと思った。
だから向こうが聞きたかったのはそれぞれの経済的だったり、気持ちの部分だったかもしんないけど別のことを結果的に話してしまった。
でも悪くないと思うし、その描写はむしろ新しい感じもした。まだ読んだりしてないかも。

あの自粛期間が少しづつ渦中にいなくなると同時に去っていく感じがある。
そう言ったからと言っていわゆるコロナ状況下にいることを忘れてる、と指差される感じは違くて。
というか忘れるということはなくて、変わってないことは一つもないかもしれない。
そんな中でいくつか人と会って話したり、それは意外な場所からの連絡だったりそういうのがいくつかあった。
こないだも10年ぶりくらいに旅先であった年上の音楽家の方からの連絡、出会ったことはうる覚え的に覚えてるけど顔が思い出せない。
だけどその連絡とともに出会った時の海の波の音が寄せてくる感じがある。

アントニオーニの砂丘をたまたま見ていて砂丘で出会ったばかりの少しづつお互いを話す時間は、旅先の感じに似ている。結構、真っ白で自分たちしかいない、みたいな。
少し自粛期間中は砂丘のようだったかもしれない。

またコロナ前までは見た映画を書き留めていたのに自粛期間に入ってから書き留めるのをやめていて、でも今思ってることはその時間の中で見た映画のことを忘れたくない気持ちだった。

明日こそは映画館に行けるかな。

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