2020年9月13日日曜日

映画を撮りたくなる気持ち

 先日、町田で練習した後に半年ぶりくらいに3000回以上歩いた道を歩いて帰ることをした。それはそれでなんかとても大事な時間だった。ここ数ヶ月、結構忙しくてしかもこれまでとは違う忙しさで、それはオンラインだったりパソコンでの事務作業が増えたことや管理し進める作業が増えたことによったり、または少しそれ以外の生活の仕方や社会の変化ももちろん影響しているだろうし、今年は体が変化して来ているのも強く感じている。そんな中で少し疲れてはいるなぁと感じることは多く、少しその半年以上ぶりに歩いた時間が少し自分への癒しにもなった気がする。

ささいな回復が突如起こるというか。

今日も疲れているなぁと思ったけど、オンラインでの橋本くんとのラフなイベントは何か懐かしい感じもしたし、その後でランニングしていると久しぶりにこれも半年ぶりくらいにあの猫に出会って戯れ遊ぶことが出来てこれも癒しだった。

あんまり目を合わせてくれない猫だけどとても人なつこいのでちょっと前に歩みを進めて屈んで猫を待つようにみていると向こうからゆっくりと歩いてくる景色が覚えていたくて、しっかり顔を覗き込んで。


そんな時間の前に今度はなんとなく歌を歌って人に歌っていることを伝えていこうと前から思ってたことも久々にやってみた。すぐに即興的に。

もしかしたらこれからは固定的な曲の時代でもないのかなぁなんて最近はどこか思ってるとこある。もっと使っていこうってこと?なのか。絵を描くように歌を歌ったりその場に対応するみたいな。

変な写真や動画の順番を貼り付けていく作業も楽しくて、根拠もない作られ方だけど、出来たものを楽しがるようなマインドがあって。こんなことしてたらアーティストや作る人は脅かされると思って怖がるんじゃないかな?なんてことをランニングの最中に密かに思う瞬間もあって。

フランシスハってあんないい映画だっけ?って久々に見て思った。パリに行ってもほとんども何もない映画なんてあっただろうか?どこか自分のさえない海外旅行の日を思い出していた。ブックスマート見てから、友達を使った映画を撮りたくてしょうがない気分。

ブルックリンの人たちって、私たちは最高でクソな世界の中の都市とまぁ言われてるらしいとこに住んでいるって態度が眩しいよね。親への信頼があるみたいな、パフォーマンスが。

映画ならどんなことを投げかけれるだろうね。

豊岡から帰ってきたらデートがしたいと思った。

2020年8月28日金曜日

出来る時

 どう見たって渋谷や表参道を歩いてる人の数は減っている。これまでの通行人の数からあてにしていた商売をやっている人はやはり厳しくなってきているのだろうか。

明日の蓮沼フィルに向けて今日もリハーサル。稽古前に近くのスタバにいくと赤い服を着た人が視界に入ってすぐにマヒさんというのがわかる。面識はないけど、よく夏はGEZANを聴いていたので、なんだなんだか今日の調子は悪かったのだけどこの時間から良くなっていくような気がした。
今日のリハーサルには柴田さんやXiangryuさんも参加。
柴田さんとか会うの久しぶりだしまさか一緒にやれるとは嬉しい。
撮影にはジーマも入っているので懐かしい。10年越しな感じ。

蓮沼フィルはライブ10回以上見ているんじゃないかな?随分ファンだったわけだけど、こういった形で参加出来るとは思いもよらなかったのでたぶん幸運だろう。
見せ方を作るのは難しいけど、音楽を大幅に頼りにダンスを続けている人にとってバンドに混ざって行われるライブというのはかなり恵まれた状況だと思う。
僕はこれまでに東京塩麹とも貴重な機会を何回も重ねたし、どいつたるねんにも参加したり、松崎ナオさんには振付したり、よださんとは一緒にクリエーションまでしているのだから本当に栄養過多と言われてもしょうがないかもしれない。が、まだまだ出来ることはたくさんある。額田くんにももっと相談しよう、などと思うのだった。

スパイラルも初めて展示に参加した場所でもあるので何かいいチャンスだ。

最近、実は仕事は忙しくてバタバタ毎日していて追いつけてもいない。
しかし、そのどれもが違う仕事で自分の仕事としてやってほしいという依頼であるというのもこれは恵まれた仕事の行われ方だと思う。
一方でカフェのバイトも出来れば入って、その行き来でバランスをとりたさもどこかある。
色んな場所でそれぞれだからこそ出来る仕事ということで世界が作られていく割合が増えるといいなと思う。そのためにはなるべく他の人がやっている仕事を知っていくという必要がある。様々なやり方や事象を面白いと思える感性を育てていく。新鮮に受け取れる感受性をどのように保つか、

今、2Fの窓越しから横断歩道が見えるのだけど向こうから歩いてくる人をちらっと見たら目が合ってドキッとした。身の危険?これって緊急事態宣言下ではなかったやつだ。
みんながそれらの目線を時に気にしストレスに感じたり、それを利用し自身を磨いたり、お互いに関係しないことがないというのがデフォルトだ。
始まっていないということがないことをもっと積極的に受け入れ、勇気を持って影響し会おうか。出来る時。

2020年8月4日火曜日

新しい

ふぅー、コロナ前より忙しくなってしまって作る仕事がいくつか同時並行で進んでいる。
今体調を壊してしまうとやばいので気をつけないと。
絶妙なバランスで、というかうまくやれては全くいなくて誰かに頼りながらという感じになってしまっているのだけど。
難しい。
その日のその時間いける気がしても、何時間後、どっと疲れて休まなきゃとなったり。
ふひふぇ。
やれるときにブーストする感じで、無理はしないこと。
あの人やその人は元気にしているだろうか。
新しくなるならいっそ何事も新しくやれないかな。

2020年7月29日水曜日

今夜は眠れない

今夜は眠れない。
今夜が次の日を跨ぐと今夜はコインみたいに布団みたいに裏返るのか。な。
ここ最近あっという間に忙しくなって全然公園にも行けてない。
4月、5月の生活は遠い過去のようだ。とすると2ヶ月走り抜けたのか。
6.7月を思い出すのはむしろ少し時間がかかるくらいかも。
たぶんマネージメントが1人で出来ていないと思う。
コロナで色々組み変わってしまったのはどこだろう?
自分?周り?システム?
わからないから、得体が知れないとしか形容出来ない。
何が変わったかもわからないのに感覚は以前と違うとするなら、変わったとか変わらないとか自体を言いにくい。
その話がしたいのは山々だけど。

もうすぐ夏だけど昨年の6月の楽しかったことを思い出している。
時は戻らない窓の向こうの景色か。

2020年7月22日水曜日

水面の下

あっという間にいっぱいいっぱいになってしまった。
今まで通りとはいかないのに、今まで通りのように通さなきゃクリア出来ないようなそんな感じが迫ってきちゃった。
できっこないとどこかで思っていて、でもこれをちゃんとやるってことやらなきゃ、ある意味で批判しているものとまるで同じで何も言えないんじゃない?という感じもしてきちゃう。
簡単にいっぱいいっぱいになってしまう。
難しいね。
難しい。
一瞬にして生きることは難しいじゃんって思っちゃうじゃん。
一瞬にして楽勝にもなるんだけど。
そう考えるとほんとにあれもそれもわかんないよ。
そうなっちゃうことがあるんだからさ、と。
少し悲しくなる。
逆から見たら笑えてくる。

ともかくいっぱいいっぱいの時というのはまるで海面に顔を出さずに長めにブレストを入れて泳いでる時のような感じで息がつまりそうになる。

2020年7月10日金曜日

眠れる獅子

とにかくずっと踊ってばかりの国の曲ばかり聴いているここ何日かだ。無駄にSNSを指でスライドして過ごす時間が増えている。内容としては5月くらいの方がもう少し方向性があったのだけど、今はみんなバラバラなことが出始めている。
今日もストリートでやっていた。
SNSでストリートライブのことを検索してもほとんど出てこない。それが全てではないので気にしなくていいのだけど、一つ見つけた中で昨年のたぶん人が増えた際に通った人でストリートダンスをしている人からの意見が書いてあった。そしてそこには安田ビルのことを知らないのだろうか、というのも添付されていた。
なるほどそこが引き合いに出されるとは思わなかった。

でも考えてみれば、ダンスを人に影響を物理的に変えてしまうための手段として用いるみたいなことは普通にダンサーになる中で考えたりもしないことだろう。

今日も電車で現地に向かうまでの間、何を自分は信用しようとしているんだよ、と思っていた。
まるで魔法を信じてるみたいな形にさえ見えてしまうんじゃないだろうか。
あまりにも世間と逆を行っているのか。
しかし、通った道の上ではこう考えていくのが段階としてむしろ出てくるものなので。

明日も聴いちゃいそうだ。
そして上手くスケジュールを組み立てられなくても、どこかロックな気持ちが起こってる部分は伸ばしてあげよう、眠れるドラゴンを撫でるみたいに。

2020年7月9日木曜日

ふぅと風を吹かせて

夜はグレイ
ぼんやりした頭で書き出してみる
やがてすぐに今までのような忙しさがやってきて隠れられなくなっていって、近くのモールの植物たちの名前を覚えようとしていたことも引っ込んでしまった。

周りの慌てている人たちも、それはそれで別の人にお叱りを受けている。
いやいや、日常生活を丁寧に歩き通すことの困難さ、がある。

伝わるように書くのをたまに放棄してしまう。
自分なりの道を立てたいと思ってるのかもしれない。
それだって届く範囲は限られてくるというのに。
それは結局のところ、自分にかかってくるね。

いくつかの自主イベントを再開した。
それはなるべく自分のために行われるべきだ。
自分の制作として、自分を確保してみる、やりたいことを許してみる。
他の人がそこに参加するかどうかは置いておく。みんなそれぞれに見たいものがあるんだから。それが素晴らしいことじゃないかと思う。
でも少しこっそりここで集まれそうな人とひそひそと集まるのもいい。
闇の方から引っ張られ連れ去られてしまうまでは、この声で話そう。少し適当に。

ふぅそしてまた起きると明日が始まる。