海まで走ろうかと思ったが最近の体力や調整を考えて難しそうだと思って行けるところまでいったら引き返してくることにした。川沿いを初めて走ってみると真っ暗に近いところがいくつもあり、人工の工場や会社の建物と生い茂った緑が混ざり合う景観に出会し、適当な街灯のあかりや地面の砂利が相まって意識を明瞭にして走ることが難しく、感覚を揺さぶられる身体的負荷の面白ささえあった。何かを見ようとか得ようとか感覚を研ぎ澄ませよう、とかいう力が働く感じは久しぶりだった。
コンビニでトイレを借りオロナミンCを買い、店員のおじいさんに道を聞いた。おじいさんは話しかけると優しく、チャーミングでもあった。1月1日から働く彼は一体どんな人生を過ごしてきたのだろう、と勝手に想像しようとする。
走りながら今年のこと、将来や未来、本当に私がやりたいことなどを考え整理しようと思っていたのに中々難しかった。得れたことの多くは走った、ということだと思う。それでもいつも思うのは正月の静けさの中を走れることが出来る。いつもの東京に比べて静かな東京を過ごすことが出来る。この静けさの美しさは他に変え難いと思う。うるさくて忙しいのを知っている分、まるでみんなで行うパフォーマンスみたいだ。謎に揃ってしまったような。霊的な美しさがある。
1月に38才を迎える。今考えると二つのことが浮かんだ。年をとって良いことは走りながらも思っていたことだけど、いくつも思い出のレイヤーが増え、それを重ね見れることだ。あの時の、あの時の、で場所の意味が変わってくる。悲しいことも楽しいことも。10年前と違う見方で観れるし、10年前の見方のことも眼差している。 悪かったことは、38才であればそれまでの過去の中で想像していた38才像と現実の違いに打ちひしがれることだ。もし30才であればそれまでに想像していた像だけど、そして20才であればそれまでに想像して像。でも37年分で想像していた像と比べてしまうことの辛さがある。もしかしたらそこからの解放という大転換点も人生にはあるのかもしれないが。
実家でとっておいたというテレビ番組をいくつか見せてもらう中で子供たちの生きるをテーマにした大阪の学校の取り組みが紹介されるものがあった。その中で子どもたちの話を聞いていると、どうしても泣いてしまってダメだった。昔はきっと泣かなかったのに。すごい先生たちがいるんだと思った。子供との関わりが増えたのもあるかもしれない。ある時は大事に思おうと思ったり、ある時はめんどくさくなったり、こっちの調子もあるからその上で対応する。でもその対応の幅は、大人と接する時以上に振れ幅がすごい。たぶん、こっちも色んな気を使っているんだろう、自分の中の子供を呼び出しながら翻弄され対応もしているんだと思う。そのことによって取り戻される何かや、突きつけられる何かがある。 逆にじゃあ、大人とはなんでそんなふうに付き合えなくなったんだろう。
その後は老人たちも子供たちもその辺の人たちも集まる施設のテレビを見て、バランスをとろうとした。
生きていくのは大変だ。夜の郊外を走りながら案の定、ベンチで休むホームレスの人を見かけた。わからないけど、誰とも話したくない関係を持ちたくないくらいに疲れることってあると思った。それでも生きているには、いちど外れたりというのもそれはそれで大変そうだけど、そのようにするというのもあるかもしれない。
でも人とのやりとりの面白さは本当にある。人と接しているとまるで形が無限に変化するみたいに何かが動いているから。疲れようがなんだろうが、それでも動くと互いが動き合っていたところから人が始まってる気がするから。