2024年6月8日土曜日

裸のパンク

 インスタに流れてきたザコシの芸を見て竹内結子さんが笑いながら涙をこぼしている動画が流れてきた。コメントには綺麗だ、とかザコシのなにが面白いかわからないとか書いてある。それに真っ直ぐにこのコメントはおかしいとか、その通りだとか、何せよコメントをさらにつけようとすること自体が、推し量ること自体があまりにも野暮だけど、少し考えることがあった。

竹内さんといえば僕にとっては中学生くらいの時に映画やドラマで見ていた人で、いま会いに行きます、とかを見てとてもあの当時はあの映画が雨の物語であるというセンチメンタルな空気とかにも感じ入るものがあり好きだったと記憶している。

でも竹内さんのことをいい俳優だとか、はあんまり思ったことはない。むしろ何か違和感さえあるような。違和感?というか、なにか。


ザコシの芸を今まで見て面白いとか思ったことはなくでもとにかく激しく振り切っていて、そこに疲れとかを見せるセンチメンタルも排除し、ただあるのは躍動だけ。限られた身体や声の金切り声、お膳立てなし。そういう感じ。

番組でそれを見た竹内さんの涙が笑い泣きではなくて、何か本当に泣いてるように見えてしまった。何かこんなこをする人間がずいぶんいなくなってしまったような、勝手な憶測だけど。

とにかく全力で有限の身体で何かしている、お笑いなのか、ダンスなのか、歌なのか、アートなのか、コミュニケーションなのか、知らないがその体が何か強いエネルギーでやってしかもそこに感傷もくそも持ち込まない。前後さえ感じさせない。多くの人が通り過ぎる。でもそこで発散されるパワーは自分の身体に炸裂しそうだ。自分のことをやっている、そんなことを彼を見て思った。そしてそういう人がよく自分のことを励ましていたような気がする、なぜそういうことを思い出さなくなったんだろう。そんな風に竹内さんの涙から勝手に妄想が自分のことに返ってきたんだと思う。どんどん世の中が難しく技巧的であらねば生きていけないような気もしているけど、あの炸裂。

そうか、そう考えると久しぶりになんていうか、アライブなかんじ、生きていていい感じ。まじめにやんなよ、と。届くなんて思うな、みたいな。パンクだった。

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