2015年3月5日木曜日

アメリカン

風邪をひいて寝込んで3日になる。月曜の朝、寝坊して起きてバイト先に行くもどこかお腹が痛くてそれはきっと昨晩のお酒のせいかなと思っていたんだけど、バイト先で少しトイレに駆け込むものの調子が回復するどころか結構きつくてこれはダメだと思ったら、なんとかバイト先で回してくれて帰れることになった。 風邪というより熱かな、風邪は多いけど熱から来る風邪はあんまりなかったから思いがけなかった。にしても今年に入って三回目かも。これはひどい。タイムロス。 三日間そうして寝込んでいる。ベッドの上にこんなにいることは風邪でもひかない限りやってこないし、体の節々が菌によって支配されてうまく動かすことが出来ない、ほんとに寝てるしかなくなる。 あるいは考えるかで、この今生きてる現実を抜けてもう少し知らない世界を生きたいとかそんなこと考えてしまう。 さすがに3日目で少しは回復もあったのでちょっと無理して近くの映画館に映画を見に行く。ポイント溜まっていたのでポイント分で無料で観れた。アメリカンスナイパー。今話題の。隣の席は監督と同じ年くらいだろうかおじいさんに挟まれておじいさんたちからは何か意識的な呼吸をしてるような音が聞こえてきていた。 アメリカンスナイパーを見ながら涙が出てくるんだけど、この涙がどこから来るのかは最後までわからない。たぶんこういった?問題に対して、僕やあるいは他の人にもたぶんかなり複雑に入り組んだところでリンクする部分が反応しているんだろう。僕は日本人だけど、弁明のしようがなくこの社会世界の中に否応なく関係していることを突き付けられるというよりもかなり変化球的に僕の身体にそれが影響して来たんだよな。たぶん。わかんないけど。 一方で羨ましくもあったんだ、それは映画の中のシールズの訓練をする際の厳しさとその訓練の中にも入ってくるアメリカンジョークとかが全てそれらがアメリカを作る要素だ、っていうメッセージのことやあるいはこういった話を映画に還元してしまうアメリカに。 映画館から出て風邪をひいた自分はまっすぐ家に戻っていくのだけど、戦争映画にさえアメリカンドリームを一方で見ずにはいられなかった。それは今に始まったことじゃなくて昔からずっと。

2015年2月27日金曜日

今日、雨、宇多。

今日?今日だって?今日は歌を聴いた。 ハナレグミがカバーしてる宇多田ヒカルさんのflavor of life。この曲は深いですね。 深い椅子に腰をかけている、スピーカーを近くに置き、暗黒の底から音がポロポロと聴こえて届く。 その暗黒の井戸について考えている。そこから話が進んで、浮かぶ情景を思い出している最中。そんな音楽なんですね。 音楽は景色で、聴いてるこっちは必死に過去に戻り手探りで思い出をひっぱり返そうとしていく、昔の誰かに出会うんですね、あれ君そんなんだっけ? みたいな会話で。そうしてなんだかさみしくなっていくんですね。過去は過去で実はいつも用意されてそこでずっと現在とは違うところで存在しているみたいに。生きることはさみしく切なく美しいことかもしんないとか、日本人だからか思っちゃって。いつの間にか感動してる。花火みたいに美しいのかもしれないね。 HYの366日も聴いた。なんとベタですね。 でもこの曲は中々びっくりするくらいストレートなメロディ。でも、歌詞の内容は中々失ったことについてなんですね。 メロディとこの女性の歌と言葉が、とても生命って感じで生きて活きていきてるんですね。 なんか悲しい曲だけど、からだいっぱいで陽の光を浴びたい、浴びたい、浴びたーい!んだ!って感じな気持ちが生まれるのがわかって、あなたあなたあなたー!って感じの気持ちがやってきて、これこそダンスだって感じになります。 色んなダンスの側面はあるけど、この気持ちこそダンスだって。気持ちが湧き上がってる、想いとかが湧き上がってる今、そうそれこそ私、私ここにいて、人じゃないかもしれない何か大切な存在を強く世界の中に見出したっていうそういう気持ちに出会うことがすばらしくて。 やっぱり出会うことで僕は私はあなたは感動して奮い立って強く想って強く感じて強く欲して強く開けて、これってここにいるんだってことです。 僕が強くここにいれたか、どうかが大事です。離さないぜ。

2015年2月25日水曜日

トライ

とりあえず昨年は後半下半期からともかく人前での発表を多くしようと思っていた。 そうして、なんとか自分で企画したりまたは誰かから声がかかったりで意識的にも動こうと思ったように動くことは出来た。ともかく、若いうちに出来る経験は積んでおきたいし、やりながら考えて、やらなかったことがなるべく少ないように経験を多くしたいと思い、そういう方針でいくことにした。 今年もその方針をとりつつだが、そういうことにもっと危機感をとるべきだったとは思う、もっと早い段階から。それこそ大学4年生くらいの頃から。そうすればもうちょっと状況は違っていたかもしれないとも思う。 どんどん年もとっていくし、体力だって減っていくだろうし、自分の今持ってる方法ではお金にも当分なっていかないかもしれないし。 と考えれば色々問題は山積みだけど、なんとかフィジカルな気持ちでクリアして、トライしていきたい。

2015年2月23日月曜日

雨が外では降っている、夜。夜だからカーテンは閉めてあるからごうごうと響く音が雨が降っている、ことを伝えている。 雨が降ってるなぁと思い、ごうごうと鳴ってる様を浮かべて、自分がだんだんいなくなってその風景だけが頭に浮かぶ。 いつのまにか自然に埋もれて自然になってる、目線だけは存在しているけど、みたいな状態を感じる。 僕は雨だ、君も、世界も雨だ。 雨が降って風も吹くとそんなことを思い出した。

2015年2月21日土曜日

ニューシネマパラダイスについて

イタリア人は時々、ほんとにヒューマニズムなすごいもの作っちゃうなぁ。ってニューシネマパラダイスを見て思う。 ルネッサンスだとか、イタリア人そのものの生活感だとか、ピッザだとか、映画だとか。 この映画の最後のシーンで、主人公トトに映写技師アルフレードが残していくいくらかのフィルムを映写するとそこにはかつて教会での上映においてカットされていたたくさんの映画のキスシーンだけで構成された映像が映される。なんてうつくしいシーンだろう、思いがけなくて涙に溢れる。 なんていうか、この構成の仕方がやっぱりラテン系のイタリア人にやられたって感じがするんだ、、いつも彼らは女の子のお尻ばっか付け回しているような感じがするんだけど、彼らはすごく家族愛に育まれてスーパーマザコンで、だからこそそんなシーンを作れてしまうのかもしれない、ほんとうに君たちにはやられた気分だよ、まったくもって、、、、素敵だ。

2015年2月19日木曜日

ちょっとずつ。

今年のことあれこれ考えてる。それで、今年はもう少しでもちょっと生活変えていかなきゃと思う。 栄養もだんだんとらなくなっていってる食生活も、何を優先したりしていくのか、とかも。 とりあえず、明日のおにぎりは作っておく。30歳まで、あと3年、忘れ物ないようにしたい。

2015年2月5日木曜日

友人に会う

また風邪をひいてしまった。今年になって二回目かも。 本や文章ってやっぱり素敵だなって思います、今日はそんな本のすばらしさを教えてくれた友人の一人きむきむに久しぶりに会って風邪をひきつつも、迷惑かなと多少気にしつつもあってきました。 彼女は本が好きで、よく学生の頃、外の大きな段差になってるスペースで思い思いの格好をして読んでいました。 話しかけてその日が、なんとなく始まったり。いい思い出です。思い出って視覚的に覚えてることが多いのか、思い出といえば風景が頭に描かれてる気がします。 風が吹いたことなんかも話したりして、でもこの風はやんでしまいそうなこと、、ともかくスプートニクの恋人を読まなければという感じですかね。 僕なりにとっても大事で大事な一年にしたいと思います。 本はやっぱりすばらしくて、ネットで読めるものとは明らかに違うものだと思ってます。 この本が他の文章と違うということにはっと気付かされながら何か作るということもしていければと思います。